広島湾に浮かぶ厳島(宮島)の弥山(みせん / 標高535m)北麓に鎮座する神社、嚴島(いつくしま)神社。厳島は一般に「安芸の宮島」とも呼ばれ日本三景の1つに数えられています。全国に約500社ある厳島神社の総本社。ユネスコの世界文化遺産、1996年(平成8年)登録。

Itsukushima Shrine is located at the northern foot of Mount Misen (535 m above sea level) on Itsukushima (Miyajima) Island in Hiroshima Bay. Itsukushima is also commonly referred to as ‘Miyajima in Aki’ and is one of the three most scenic spots in Japan. It is the head shrine of Itsukushima Shrine, of which there are about 500 throughout Japan. Registered as a UNESCO World Heritage Site in 1996.

厳島神社
住所:広島県廿日市市宮島町1-1 [Google Maps]

Itsukushima Shrine
Address : 1-1 Miyajima-cho, Hatsukaichi City, Hiroshima Prefecture.

2024/05/13撮影

鹿


厳島神社の平舞台(国宝:附指定)は日本三舞台の1つ。海上に立つ高さ16mの大鳥居(重要文化財)は日本三大鳥居の1つ。


岩惣



ロープウェイ


弥山(標高535m)。平安時代の大同元年(806年)に空海(弘法大師)が弥山を開山し、真言密教の修験道場となったと伝えられています。


外国人観光客


弥山原始林。国の天然記念物。暖温帯性針葉樹のモミと南方系高山植物ミミズバイの同居やヤグルマの群落など、特異な植物・植生の分布が見られます。


円錐形の島


宮島弥山 大本山 大聖院(広島 厄除け開運祈願所)弥山本堂、霊火堂。


広島県廿日市(はつかいちし)


屋根の下で休憩


展望台の建築。宮島弥山展望休憩所。初代内閣総理大臣伊藤博文は「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」と絶賛しました。


お祓い


狛犬と五重塔


宮島大鳥居
高さ:約16.6m
棟の長さ:約24.2m
主柱の根元の周り:約10m(西側)約8m(東側)
袖柱の根元の周り:約5m
総重量:約60t(推定)

宮島の大鳥居。嚴島神社の大鳥居は、社殿から約160メートルの海上に北西を向いて立っています。木造の鳥居としては日本最大とされ、国の重要文化財に指定されています。

現在の鳥居の西側の柱には、香川県観音寺市の豊浜八幡神社の楠(クスノキ)が使われています。豊浜八幡神社は708年(和同元年)に創祀された讃岐15社の一つ。1869年(明治2年)に本柱の大木1本を寄進しました。

主柱(2本の太い柱)はクスノキ(楠)の自然木です。楠は耐久性や耐水性が高く、樟脳の原料となることから防虫効果も期待できます。何よりもどっしりとした根元の安定感が主柱に最適です。5代目(戦国時代)大鳥居の楠は能美島(江田島市)から伐り出されました。6代目も広島周辺から伐り出されましたが、7代目は広島周辺では見つからず、和歌山県から船で宮島に運びました。8代目(現在)は、宮崎県西都市にある住吉神社の楠を東側の主柱に、香川県観音寺市の豊浜八幡神社の楠と宮島塔岡の楠を継ぎ合わせて西側の主柱にしました。


鳥居。嚴島神社といえば、「朱の大鳥居」です。現在の大鳥居は平安時代末の平清盛の頃のものを初代とすると、8代目ということになります。1875年(明治8年)に再建されました。現在の大鳥居の再建当時は明治政府による神仏分離政策が進められていた時期で、嚴島神社の朱塗りの社殿も仏教的であると非難され、柱の朱色を砂で掻き落としたと伝えられています。大鳥居も再建当時は着色されなかったと考えられます。現在の大鳥居が「朱の大鳥居」となったのは、1909(明治42年)から始まった修理の後です。


柱のひみつ(根継ぎ)。大鳥居の柱の根元は、満潮時には海水に浸かり、海虫が生息しやすい環境になるため、傷みやすい部分です。昭和25年(1950)からおこなわれた修理では、傷んだ柱の根元部分を切り取って新しい楠に取り替える「根継ぎ」がおこなわれました。主柱の根継ぎ用の大きな楠を探すことは困難を極めましたが、ようやく佐賀県内で見つかり、国鉄(当時)の貨車で宮島口まで輸送されました。(宮島大鳥居のひみつ – PDF 県立広島大学)


額。鳥居の額はふつう1枚ですが、大鳥居には2枚あります。沖側(外)は「嚴島(いつくしま)神社」、神社側(内)は草書体で「伊都岐島(いつきしま)神社」と記されています。額の大きさは縦が約2m、横は約1.2mです。額縁を含めるともっと大きくなります。額は、嚴島神社の御神紋(ごしんもん)や宝珠(ほうじゅ)で装飾されています。また、沖側の額の左右の額縁には龍と雲が浮彫りにされています。


日光(東側)の飾金具


月光(西側)の飾金具


大鳥居の柱は地中に埋め込まれているように見えますが、実際には砂地の海底に置かれており、約60tと推定される鳥居自身の重みで立っています。重さの秘密は、鳥居の上部にあります。屋根の真下の部材(笠木と島木)が箱状になっていて、中つに約4t分の小石が詰め込まれています。


大鳥居の柱の下にはたくさんの松の丸太(杭)を打ち込み、地面を固めています。これを千本杭(せんぼんぐい)といいます。袖柱(そでばしら)の下には約30本の丸太が埋められています。また主柱(しゅばしら)の下には計算上100本前後の丸太が埋められていることになります。丸太の長さはおよそ3.6mです。現在の大鳥居が再建されたときの記録によると、宮島の多々良潟(たたらがた)から「千本杭用」として松の丸き太を580本伐り出したと記されています。