瀬戸内国際芸術祭で一番、訪れてほしい島のひとつが高松港から官庁船に乗って20分のところにある大島という島です。この大島にある「大島青松園」は、1909年に開園した全国に13あるハンセン病療養所のうち、唯一の離島にある療養所です。

1907年(明治40年)に法律ができて、実際には感染力はとても低く、今では治療法が確立されているのですが、長い間、間違った認識と差別により子孫を残すことも禁じられました。この間違った「らい予防法」が廃止されたのは1996年(平成8年)、国が過ちを認め謝罪したのは2001年(平成13年)と最近の出来事です。

最盛期には700名を超えていた入所者は、現在は53名、平均年齢は84歳(2019年4月現在)。子どもの時に家族と引き離されて強制的にこの島に連れてこられて方が、この島でおじいちゃん・おばあちゃんになり島で暮らしています。島の納骨堂に眠る遺骨は2000を超え、毎年増え続け、いずれはハンセン病療養所には誰もいなくなります。

2019年4月26日から、大島への定期航路が繋がり一般の人も自由に島に行くことができるようになります。(四国運輸局)。社会交流会館がオープンし、島の巨大ジオラマも見どころです。瀬戸内海の島々には、今この時代のこのタイミングでしか聞くことのできない物語がたくさん眠っています。ぜひ、この島で生きた皆さんの記憶に触れてみてください。

Ōshima Seishōen Sanatorium, or National Sanatorium Ōshima Seishōen is a sanatorium for leprosy or ex-leprosy patients, situated in a small island called Ōshima, Takamatsu city, Kagawa pref., Japan which was established in 1909.

The Japanese Government promulgated the first leprosy prevention law on March 19, 1907, but it became effective on April 1, 1909 because of financial difficulties. Japan was divided into 5 areas, and the fourth area included Shimane Pref., Okayama Pref., Hiroshima Pref., Yamaguchi Pref., Tokushima Pref., Kagawa Pref., Ehime Pref. and Kōchi Pref.. In this area, Kagawa Pref. was selected as the site of the sanatorium.

2 main reasons for the leprosy prevention law were,
1)foreigners who came into Japan after the Meiji Restoration(1868), were very much surprised to find wandering leprosy patients in Japan, and
2) the Japanese Government was worried about the considerable number of leprosy patients among those who were examined for the drafts at age 20.(Wikipedia)

2013年10月27日撮影


官庁船


カフェ・シヨル


大島から見える島々


瀬戸内国際芸術祭の旗と白線。目がよく見えない入所者のために、道路に白線が引かれ誘導のための音楽が流れています。大島の独特な風景。


島の教会

2010年撮影


アーティストの高橋信雅さんと大島にやってきました。


島の八十八ヶ所巡り


赤いポスト


庵治第二小学校。この時にいた唯一の子ども、河野茉莉花(こうの・まりか)さんが、2018年3月に卒業しました。


パターン


航空時刻表

大島 全景

国立ハンセン病療養所の香川・大島に定期航路のフェリー 入所者「ぜひ島に来て」 – 毎日新聞

国立ハンセン病療養所「大島青松園」のある瀬戸内海の離島・大島と高松港(共に高松市)を結ぶフェリー航路について、国土交通省四国運輸局(高松市)は21日、一般客向けの定期航路の運航を許可したと発表した。現在は原則として職員や入所者しか利用できない「官用船」だが、4月26日からは一般の人でも自由に島を訪問できるようになる。入所者からは「ぜひ島に来て、ハンセン病について知ってほしい」と歓迎の声が上がっている。

 大島青松園は日本でハンセン病患者の隔離が始まった2年後の1909年、中国・四国地方の8県が設立した

国立療養所と綺麗な松がある島(大島)|さぬき 瀬戸しまネッ島

庵治港(高松市)の北西約2.5kmの海上にある島で、島の土地の約9割が国有地です。古くは源平合戦の戦場にもなった島で、屋島の戦いに敗れた平家方の墓に植えられた松が、800年の歳月を経て、「墓標の松」として残っています。元々は2つの島からなり、砂州でつながって現在の形になっています。
1909年(明治42年)に制定された「ライ予防法ニ関スル件」により、ハンセン病の療養所が設立され、1946年(昭和21年)に「国立療養所大島青松園」と改称されました。

香川県感染症情報 – ハンセン病の正しい知識と正しい理解を

ハンセン病を知っていますか?

・遺伝病ではありません。
・感染力の極めて弱い病原菌による感染症です。
・すぐれた治療薬が開発されており、完治します。
・早期に治療すれば、身体に障害が残ることはありません。

平成13年5月11日ハンセン病国家賠償訴訟の判決が確定し、国は、ハンセン病の施設入所政策が、人権に対する大きな制限、制約となったこと、また、社会で極めて厳しい偏見、差別が存在したことを深刻に受け止め、患者、回復者の方々が強いられた苦痛と苦難に対し、深く反省し、謝罪しました。
香川県も、平成13年6月に、知事が大島青松園を訪問し、患者、回復者の方々が長い間受けてこられた苦痛と苦難に対し、行政の一員としてハンセン病施策の一端に関わってきた事実を厳粛に受け止め、心からお詫びを申し上げました。
熊本県での入所者に対するホテルの宿泊拒否の問題も、正しい知識が広く行き渡っていないことから発生した事件であると真摯に受け止め、香川県でも、この事件を教訓に、このようなことが起こらないよう、ハンセン病に対する正しい知識が、より広く行き渡り、偏見が解消されるよう、より一層の普及啓発に努めております。

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