ハンセン病患者が強制隔離されていた島で写真を撮り続けた写真家。鳥栖喬(とすたかし)さん


瀬戸内国際芸術祭2016で最も開催する意義のある島、大島。ぜひとも足を運んでいただきたい島です。瀬戸内海というと明るくてキラキラしたイメージがある一方で、このハンセン病の隔離島や、豊島の産廃など、人間の闇の部分が隠されてきた数多くの歴史がいまもなお眠っています。この島のことこそ、日本のみならず海外に発信していく意味のあることだと思います。

国の誤った政策によってハンセン病患者が強制隔離されていたこの島で、
写真を撮り続けていた愛媛県宇和島市出身の鳥栖喬(とすたかし)さん。
その数なんと1万枚。そのなかから一部を選んで展示しています。

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隔絶の島で外の自由写す…ハンセン病元患者遺作 – 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

瀬戸内海の島々で開催中の現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭2016」の会場の一つ、香川県・大島(高松市)にある国立療養所「大島青松せいしょう園」で、ハンセン病元患者の鳥栖喬とすたかしさん(故人)が撮影した写真10点が展示されている。

 隔絶された島で人生の大半を過ごし、行き交う船や対岸に沈む夕日などを撮り続けた鳥栖さん。いつか作品を世に出したいと望んでいたことを知った関係者が「外の世界に自由を求め続けた気持ちを伝えたい」と企画した。

 鳥栖さんは愛媛県宇和島市出身で、15歳で同園に入所した。2010年3月に81歳で亡くなるまで66年間、ずっと大島で暮らし、入所者でつくる写真クラブの会長を長年務めた。

 次の会長になった脇林清さん(85)は「よくカメラを持って出歩いていた。写真への熱意が全然違った」と振り返る。

 鳥栖さんの死後、活動を知った名古屋造形大教授で美術作家の高橋伸行さん(48)が、同園を訪問。鳥栖さんが使っていた部屋から、1万枚を超えるフィルムと写真を見つけた。両手が不自由だった鳥栖さんが、カメラを扱いやすいよう木片や鉄くずを組み合わせて作った撮影補助具もあった。

 写真の多くは、望遠レンズを使った遠景だった。高橋さんは「閉ざされた世界に生きざるを得なかった鳥栖さんの苦しい胸の内を映し出している」と感じたという。

 展示会場には、入所者が暮らした同園の木造長屋を選んだ。えりすぐった10点は、長時間露光で撮影した星空や葉の落ちたイチョウなどで、切り株を写した1枚も含まれる。高橋さんは「積み重なった年輪で時の流れを表現したかったのだろう。作品が問いかけるものを多くの人に感じてほしい」と話す。

 ガイドツアーでのみ見学が可能で、展示は春会期が終わる17日まで。夏、秋両会期でも展示する。問い合わせは、芸術祭総合インフォメーションセンター(087・813・2244)。

◆大島青松園=高松市沖約8キロの大島に1909年、らい予防法(96年廃止)に基づき設けられた。主に四国の患者が強制隔離され、43年には740人が在籍。その後、高齢化などで入所者が減少し、4月現在で64人が暮らす。平均年齢は82・9歳。教訓を後世に伝えようと、岡山県瀬戸内市の長島愛生園などと共に世界遺産登録を目指している。

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