両墓制のいま。
本日は、香川県丸亀市沖の本島へ。両墓制の残る島です。来年発行予定の『こえび新聞』の瀬戸内の埋葬特集に向けてフィールドワーク。
塩飽大工の本を出版されているガイドの三宅邦夫さんにご案内いただきました。これまで多くの方を島ガイドされてきたそうですが、さすがに『墓』をテーマに案内するのは初めてのことだそう。
両墓制(りょうぼせい)とは、遺体を埋葬する墓と霊魂を祀る墓が異なる習俗のことで、瀬戸内海ではここ塩飽諸島に多く残されています。20年前の研究や記事は多く発見されるものの、最近の調査記録がなく、土葬の経験がある方の記憶を辿ることができるのも今しかないということで、こえび新聞の瀬戸内アーカイブチームで継続的に取材しております。来年、発行予定のこえび新聞にて両墓制のいまをお届け予定です。
塩飽大工: いま語り継ぐ先人たちの気概と誇り
http://shiwaku.justhpbs.jp/hanpu.html
三宅さんの本はこちら💁‍♂️第二版がでたそうでさっそく購入させていただきました。ありがとうございました。
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メモ。かつて両墓制があったとされている荘内半島の埋め墓跡を取材していて感じたのは、埋め墓(土葬跡)は航空写真から探すとすぐに見つかるのでその現在がどうなっているのかは取材しやすい。しかし、その埋め墓に埋められている方に対応している参り墓がどれに当たるのかは現地に行ってもわからない。埋め墓(ボディ)と参り墓(ゴースト)の繋がりが可視化されているわけではない。そのため、集落の人たちに話を聞かないとその関係性、両墓制のいまを取材することは難しい。過去の研究調査も両墓制そのものの定義が人によって異なることにも留意しないといけない。土葬がなくなり火葬となり、島外で亡くなり島外で葬儀を行うことが多くなった現代の島での死者の弔い方や、亡くなった方との繋がり方がどのようになっているのか、現状を把握するための調査である。

2022年12月21日

本島へ


食事処島そだち


本島みやげ、手づくり 若冲マスクケース 800円。吉田邸


フェリー内で打ち合わせ。ガイドの三宅邦夫さんからレクチャーを受けています。


道具


年寄(としより)。入江四郎左衛門の墓


咸臨丸水夫、平尾宮三郎の墓


イイダコ壺


六地蔵


甲生(丸亀市)


笠島(かさしま)、甲生(こうしょう)地区の埋め墓


井戸


瀬戸内国際芸術祭の作品


木造校舎


大本山 正覚院

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埋め墓のボディと、参り墓のゴースト
瀬戸内国際芸術祭2022がおわり、今年度末に発行予定の『こえび新聞』瀬戸内アーカイブの取材で、香川県三豊市荘内半島へ。調査テーマは、瀬戸内のお墓。両墓制や土葬の痕跡や聞き取り調査をして、瀬戸内の埋葬の現在の姿を探ります。コロナ禍は、過去の論文に書かれている地域を1人で巡って調査してましたが、やはり誰かと歩くと新しい視点を得られて発見が多いです。まだまだ完全収束とはいえませんが、コロナが落ち着いて少しづつ取材できるようになってありがたいかぎりです。

2022年12月19日撮影


志々島


ハートのマークのベンチ


遠くに見えているのは粟島


唐辛子


土葬の整理。土葬して13年を経過すると穴がえしを行う。


大正9年


父母ヶ浜(ちちぶがはま)


溺死三十三霊之塔


パゴタ


昭和52年にタイ国バンコクのお寺から送られた涅槃像


この地域は、木の棒がセットになっているのが特徴


半鐘


芭蕉扇

2012年3月25日

2012年10月7日撮影

佐柳島


香川県指定有形民俗文化財。佐柳島長崎の埋め墓。「デコ(桐材)」と呼ばれる人形を棒の先につけてたてる風習がある。

両墓制 – Wikipedia

両墓制(りょうぼせい)とは、遺体の埋葬地と墓参のための地を分ける日本の墓制習俗の一つである。遺体を埋葬する墓地と詣いるための墓地を一つずつ作る葬制で、一故人に対し二つの墓を作ることから両墓制と呼ばれる。遺体の埋葬墓地のことを埋め墓(葬地)、墓参のための墓地を詣り墓(まいりはか、祭地)と言う。

基本的に一般民衆の墓を対象にし、その成立、展開は近世期以降である。両墓制は土葬を基本とし、遺体処理の方法がほとんど火葬に切り替わった現在では、すでに行われなくなった習俗と言ってよい。しかし、両墓制墓地自体は現在[いつ?]も各地に残っている。 葬送習俗、祭祀習俗とあわせて各地に様々な特色があり、特に近畿地方に濃厚に存在している。その特徴的な墓制は、大正期より複数の報告がなされたが、民俗学者の柳田國男が昭和4年(1929年)に「墓制の沿革に就いて」(『人類学雑誌』500号)で両墓制を取り上げて以来、両墓制の諸問題は民俗学の範疇となった。 ただ、柳田はこの習俗に関しては「葬地」と「祭地」といった呼び方をし、「両墓制」という言葉自体は柳田の下で山村調査にあたった民俗学者の大間知篤三が使い始めた語である。

両墓制は必ずしも一定の決まりを持った習俗ではなく、各地で様々な特色がある。ただ、大きく捉えると両墓制の特徴は「埋め墓」という遺体埋葬地と「詣り墓」という遺体のない墓参用墓地の二つが存在していることにある。

埋め墓
遺体を埋める埋葬地。多くは土葬を基本とするが、稀に火葬や改葬を伴うものも見られる。人里離れた山林などが多く、墓標をまったく建てずに埋葬する場合、自然木、石、木製角柱墓標、卒塔婆を墓標に用いる場合、あるいは詣り墓と同じように石塔を建てる場合など様々なパターンがある。集落ごとの共同墓地であることが多く、その埋葬地は家や年齢などによって区画分けされる場合もあれば、まったく決まりが無く空いた土地に埋めたり、古い墓地を掘り起こして追葬する場合など様々である。 埋め墓に参る期間も、埋葬後は一切埋め墓に参らない場合から、四十九日、一周忌、さらには五年、七年と言う長い期間を経て弔い上げをする場合など様々である。いずれにせよ、弔い上げの終了後は詣り墓へ墓参をするようになる。また、埋め墓の土を詣り墓へ盛っていく風習も少なからず存在する。 埋め墓の呼称としては様々なものがあるが、多い事例としてはミハカ、サンマイ(三昧)、ボチ(墓地)、ヒキバカなどがある(これらの呼称が詣り墓の呼称と逆の場合もある)。

詣り墓
定期的な墓参や先祖供養、盆などに参るための墓である。通常、石塔を建てる。遺体や遺骨はない。寺院の境内に存在する場合も多く、石塔は五輪塔、多宝塔、宝篋印塔のような仏塔から一般的な角塔墓、笠塔婆など様々である。遺体埋葬の必要がないので、石塔だけが緊密に並べられることが多い。詣り墓の呼称としては、ラントウバ(卵塔場)、ラントウ、タッチョウバ、サンマイなどがある。

隣接両墓
両墓制の基本は埋め墓と詣り墓が距離を隔てていることにあるが、全国の例では二つの墓がかなり近い位置にある場合が多く見受けられる。これは埋め墓と詣り墓が道一つ挟んで並び合っている場合や、詣り墓が小高い壇上にあり、その下の平場に埋め墓がある場合、あるいは完全に同じ土地に埋め墓の区画と詣り墓の区画が隣接している場合がある。このような隣接両墓は、通常の単墓制との区別が曖昧である。

発生要因
両墓制がなぜ発生したのかということに関しては、不明な点が多くはっきりしない。

代表的な意見としては、死穢の観念や遺体恐怖から遺体埋葬地を人里離れた場所に作り、人の住む場所の近くや寺院境内に死者供養のための石塔墓地を別に作ったというものがある。

現実に、土葬習慣における腐敗した遺体の臭気を避けるため、また昔は医療が発達しておらず死因が殆ど判らないために、遺体より伝染病などに感染する確率が非常に高く、さらには都市部では人口が多いため住宅が現代のように密集しており、また長屋暮らしの者には庭はなく、我が家の庭へご遺体を埋めるわけにはいかないので遺体は埋め墓へ埋葬するが、埋葬後遺体がある程度、土へ還れば他者の遺体もその場所へ埋葬しなければ用地が足りない。しかしそうなれば、我が家のお墓を永久的に保つことは出来ないので、埋葬地を別にしたとも考えられる。

柳田は、埋め墓において個人の埋めた場所が曖昧であったり、わからないといった例を用いて、死穢や魂の問題から埋め墓を墓として認識しておらず、詣り墓こそが本来の墓であると考えた。また、改葬、風葬習慣から両墓制が発生したとした。

また、大間知は死穢を畏れる古い習慣がもともと存在し、同時に死者供養のための石塔を受容して両墓制は発生したとした。

柳田らの考え方では、祖霊信仰に基づいて日本固有の古い習俗として位置づけるものがあったが、一方で庶民の墓に石塔を墓標として建てる習慣が中世末より近世期に一般的になったことや、両墓制が近畿地方にのみ濃密で、他の地域では極端に例が少なくなることを踏まえて、両墓制はそれほど古い習俗ではないという考え方もある。

瀬戸内海塩飽諸島
佐柳島、志々島、高見島などに両墓制の墓地が2014年2月現在の時点で現存する。埋め墓の上に霊屋を建てるという特徴がある。現在は火葬に切り替わっているが、墓地自体は使われている。佐柳島では現在でも埋め墓と参り墓を作ることが多く、両墓制が風習として現存していると言える。なお、佐柳島では埋め墓に霊屋は建てず木を削り出して作った人形を立てる。
両墓制墓地は現在でも見ることはできるが、近年は使われていない場合が多い。それは両墓制が土葬を基本とするため、火葬が一般的となった現在では土葬の両墓制は役割を終えたと言える。現在では特に埋め墓は地域の共同墓地として解釈されている場合が多く、近年[いつ?]は土地利用の観点から埋め墓を再整備して、石塔(墓石)を持つ単墓制の通常の火葬墓に切り替えるケースが多くなっている。