考古学者・乗松さんと、讃岐の国 野原を歩く


今朝は、考古学者乗松さんにご案内いただき、
高松城下図屏風をみながら県庁の若手職員のみなさんと高松の街をあるきました。

生駒親正(いこまちかまさ)さんが讃岐の国
の大名になった1587年頃、この辺りは「野原」と呼ばれた港町でした。

地形好きなので、個人的には、砂堆(さたい/デューン)による
微地形の変化がいまでもみられる場所をみることがよかったです。

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高松の町の下に埋もれている中洲や砂堆の上に人の活動が認められるのは、弥生時代後期。

弥生の小海退があった頃にもこの辺りの海岸線が後退したのと重なるのだろうか。

普段見慣れた道ですが僅かな地形の変化を見逃さずに観察していると、
1800年前の人の暮らしも垣間見ることができる面白さ。タモリさんにも伝えたい笑。

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