豊島に残る豊かな食卓 「豊島農民福音学校」 The evangelistic school for farmers at Teshima island

Posted on 1月 7, 2014 in あるく・みる・きく, タグ:



神戸に生まれ、徳島で少年期を過ごした賀川豊彦さん。
1920年に自伝的小説『死線を越えて』を出版、一大ベストセラーとなる。
労働者の生活安定を目的として神戸購買組合
(日本最大の生協である現在のコープこうべ)を設立した人です。

参考:コープこうべの誕生 – 賀川豊彦を考える

50年以上も前に、デンマークの民衆の民衆による民衆のための教育機関
「フォルケホイスコーレ(Folk high school)」の思想に感銘を受けた
賀川豊彦さんら日本人が全国各地に農民福音学校を開設します。


I went to the evangelistic school for farmers at Teshima island, Seto Inland Sea, Japan. The school inspired Folk high school at Denmark was established about 50 years ago. They had been living in Tree Crops : Permanent Agriculture and enriched life style.

それらの学校の中でもっとも長い期間、
多くの受講生を受け入れた学校が豊島にありました。
それが、「豊島農民福音学校」です。

1947年、戦後まもなく賀川豊彦さんのお弟子さんである藤崎盛一さんが、
東京農業大学をでたのち、瀬戸内海の豊島に家族で移り住み、
豊島農民福音学校を開校しました。

果樹や家畜など山地を立体的に活用する立体農業を取り入れ、
さまざまな農作物や家畜を飼い、パンやハムなどの加工品をつくる技術、
哲学や信仰を学びながら暮らしそのものを豊かにする術を学ぶ場が豊島にはありました。

生活からでた廃棄物もすべて土にかえる
持続可能な循環農法がこの小さい島で実現されており、
日本全国から多くの学生が集まり学び、寝食を共にし
また自分たちの地域へと帰って、ここで学んだことを実践していったそうです。

この学校は高度経済成長期の時代の波に押されて、1982年に閉校しましたが、
藤崎盛一さんの息子さん、藤崎盛清さんによるレクチャー、
娘さんたちによる料理などを頂くことができる
「豊島農民福音学校 土曜クラス」が有志によって開校していると聞き、おじゃまさせて頂きました。



農民福音学校の敷地は豊島美術館のある唐櫃(からと)地区の山の中腹にあります。
農民福音学校は、戦後復興には農業の再生が不可欠として、
全国の農業後継者を対象に開校した学校です。農業技術や生活に関わる哲学や精神を学ぶ場でもありました。


豊島美術館がみえます。海の向こう側にみえるのは小豆島。



豊島農民福音学校、立体農業研究所。石碑。



山の中腹とは思えないくらい開けた明るい土地です。
きっと藤崎さんたちによって丁寧に管理されているのだと思います。



ご飯が美味しいのか、猫のしっぽもふっくら。



この日は、世界中のおばあちゃんのレシピを記録している
旅する料理人の中村優ちゃんとご一緒させて頂きました。


藤崎盛一さんの息子さん、藤崎盛清さんによるレクチャー。
豊島農民福音学校の成り立ちや当時の様子を教えていただきました。



本棚にならぶ、賀川豊彦さんの本。



鉄茶瓶。南部鉄器。



こちらが、1981年2月1日~28日まで開かれた
第33回豊島農民福音学校の開校案内の写しです。
ちなみに、私はまだ1歳。講師は、牧師さんや農学博士が多かったようです。



ジャン=フランソワ・ミレーの「落穂拾い」



当時の福音学校の様子。美味しそうなパンとジャムが食卓に並んでいます。
ジブリの映画にでも出てきそうな家族の風景。ここの食卓がとても豊かで、
戦後の日本全体が食糧難で貧しかった時期に、
パンやケーキやベーコンを食べていたのですからスゴイことです。



豊島には乳牛が導入されていて「ミルクの島」と呼ばれた時代があり、
賀川豊彦さんの本「乳と蜜の流れる里」のモデルになっていると言われています。



藤崎盛一さんとパン。



続いて、藤崎盛一さんの娘さんたちが料理をしている
キッチンを見させていただきました。



50年以上使っている立派な石窯。これでピザを焼いています。



目で見て肌で感じて、中の温度を加減します。



緑のカーテンに包まれているキッチン。光がとても綺麗。



せとうち暮らしでも豊島のベーコンを取材させていただいたお母さん。
エプロンは「AUSSIE」。



壁には蓑(みの)が掛かっています。



道具が並んでいます。



こちらはベーコンなどをつくる燻製器。



壁にかかっているレシピ。
こうやって家族の味が受け継がれていくのですね。



たくさんのクルミ。



くるみ割り機。



ふわふわのパンが焼けました。



こちらは、NHKのごちそうさんにも登場したスコッチエッグ



とっても美味しかったです!



パンにはジャムをつけて頂きます。



マーマレード



こちらは、「肉味噌バター」
といってもバターがはいっているわけではなく
パンに塗って食べるのでバターと呼んでいたのだとか。
島では肉が貴重だったので保存食として生まれたレシピだとか。
レシピの詳細は、上の中村優ちゃんの記事をご覧ください。



窯で焼かれたピザ
豊島のベーコンがはいっています。なんという贅沢な食事。






頂きますの前に賛美歌を歌いながら命に感謝。
みんなでワイワイ賑やかに頂きました。



デザートは、ふわふわのシフォンケーキ。






どの食事も本当に食材豊かでとても美味しかったです!
何より、藤崎盛一さんの娘さん、
島のお母さんたちの元気で温かい雰囲気の食卓がとても素敵でした。



さて、食事を終えて、午後は農作業のお手伝い。
斜面にある柿の木畑にむかいます。



レモンがなっています。



豊島・唐櫃の石垣。くの字型に組み上げています。



藤崎盛清さんに教えて頂き、害虫よけのために樹皮をはがす作業をお手伝い。



カマでがりがりと表面をはいでいきます。
こうすると柿の木につく害虫がつきにくくなるのだそうです。
子どもの頃は、落ちてくる樹皮で目が痛くて泣きながら作業をしていたのだとか。



みんなで一斉に作業してようやく1本の柿の木の作業を終えました。



フェリーにのって四国に帰ります。






豊島の皆さん、ありがとうございました!



帰りに、豊島産のいちごをお土産に買って帰りました。
豊島からの帰り道、かばんの中からとってもいい香りがしてくるので、
家に帰ってさっそく頂いています。美味しい!豊島にはこんなに豊かな食がありました。


参考:「島と本、本と島」(2) : 藤島八十郎をつくる。


復刻版 死線を越えて


乳と蜜の流るゝ郷



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