浅舞酒造の杜氏、森谷康市さんが、2019年7月30日に61歳で急逝されました。酒造りには38年携わり、純米酒「天の戸」の名声を高めることに貢献されました。私が蔵を訪ねた際にも快くご案内いただき、丁寧に日本酒づくりについてお話くださいました。改めまして心より感謝の気持をお伝えし、ご冥福をお祈りします。

日本酒の季節がやってきました!秋田県横手市の浅舞酒造にやってきました。秋田県にある日本最大の盆地、横手盆地の真ん中に位置しています。浅舞酒造のお酒は、蔵から5キロの作り手の目の行き届く範囲で育った酒米で作られていて、醸造アルコール添加を行っていない全て純米酒です。奥羽山脈から流れる皆瀬・成瀬の川は夏に酒米を育み、その伏流水は冬に仕込み水として使われお酒を育みます。本当に旨い酒を作るためには地域のお米のこと、地域の水のことを知らなくてはいけません。「横手のこの風景を瓶に詰めたい」横手盆地の風景が、浅舞酒造さんのこの瓶の中に詰まっています。蔵開きは、2月7日日曜日!!

純米 天の戸 浅舞酒造
住所:秋田県横手市平鹿町浅舞388 [Google Map]
電話:0182-24-1030

Sake “Amanoto” (Japanese liquor junmaishu / sake made without added alcohol or sugar) – Asamai brewing
Address : 388 Asamai, Hiraka town, Yokote city, Akita pref., Japan [Google Map]
Tel : 0182-24-1030



「酒を飲み交わしていて、気がついたら一升瓶がなくなってたみたいな、そんなお酒を作りたいんだ。」
と天の戸 浅舞酒造、森谷康市杜氏。


田沢湖のある仙北市から、浅舞酒造のある横手市に向かう途中。
和賀岳がみえていました。山の向こうは、西和賀町


浅舞酒造のつくる純米酒「天の戸」
天照大神の天の岩戸開き伝説に由来します。


浅舞酒造のある横手盆地は日本最大の盆地で、
南北約60km,東西約15km、
東の奥羽山脈と西の出羽山地に挟まれ、
雄物川・皆瀬川が流れています。


雄物川・皆瀬川の伏流水が湧き水となって
天の戸の仕込み水「琵琶沼寒泉」として酒造りに使われます。
夏に酒米を育てた水が、冬に仕込み水としてお酒を育てます。


物語性が必要


削ったお米。


杜氏(とうじ)、森谷康市さんにご案内いただきました。


酒蔵の中には、ものづくりに関わる
様々な工夫が施してあります。


日本酒、いただきます。味わい深い、いい香り。


まろやか


圧搾機


お米の系統図


発酵中


木桶


酒粕。酒カスではなく、酒香寿(さけかす)


酒香寿(さけかす)をつかった様々なレシピ。


わさびを乗せて美味しく頂きました。
それ以外にも、板の酒粕にチーズを乗せて焼いたのも
頂いたのですがとっても美味しかったです。

純米 天の戸 浅舞酒造
住所:秋田県横手市平鹿町浅舞388 [Google Map]
電話:0182-24-1030

Sake “Amanoto” (Japanese liquor junmaishu / sake made without added alcohol or sugar) – Asamai brewing
Address : 388 Asamai, Hiraka town, Yokote city, Akita pref., Japan [Google Map]
Tel : 0182-24-1030

浅舞酒造は1917年(大正6年)創業。創業者の柿﨑宗光は、「天の戸は静かに明けて神路山 杉の青葉に日影さすみゆ」という古歌から、酒名を〈天の戸〉としました。〈天の戸〉とは天照大神の逸話で知られる「天の岩戸」のこと。ラベルなどに勾玉 (まがたま)があしらわれる由縁ともなっています。

蔵は横手盆地のまん真ん中。奥羽山脈に端を発する皆瀬・成瀬の川はこの横手盆地に沃野を生み、酒米の育つ田んぼをうるおします。そして、その川の一部が伏流水となって蔵の近くに湧水群をつくります。天の戸の仕込み水である「琵琶沼寒泉」もその湧水の一つです。酒米を育てた水が冬、今度は仕込み水としてお酒を育てます。

浅舞酒造は2011年より蔵から五キロ内の米で、純米酒だけを仕込んでいます。光と風と水の恵みを酒米という丹精の結晶にしてくれる「JA秋田ふるさと・平鹿町酒米研究会」の農家さんたちの米だけで千石を醸します。

水、そして米。
横手盆地の「とっておき」でつくった〈天の戸〉をご愛飲ください。

1917年(大正6年)創業
蔵がある平鹿町浅舞は、秋田県の南、横手盆地のまん中に位置する穀倉地域。奥羽山脈に端を発する皆瀬・成瀬の川はこの横手盆地に沃野を生み、その川の一部が伏流水となって蔵の近くに「琵琶沼寒泉」という湧水群をつくる。

明治時代、産出量30万俵にも上る良質な米と、江戸時代の民俗学者菅江真澄(すがえますみ)が誉めたたえた、この美しく豊富な湧き水に恵まれた酒造りに絶好の土地柄でありながら、土地の人々は清酒を県内の湯沢、六郷方面から買い求めていた。平鹿町に造り酒屋がないことを残念に感じていた柿崎宗光は、地元から協力者を募り、資本金2万円で浅舞酒造株式会社を設立。地元の需要を充たそうとした。

創業者の柿﨑宗光は、「天の戸は静かに明けて神路山 杉の青葉に日影さすみゆ」という古歌から、酒名を〈天の戸〉とした。〈天の戸〉とは天照大神の逸話で知られる「天の岩戸」のこと。ラベルなどに勾玉 (まがたま)があしらわれる由縁となる。