愛媛県今治の獅子舞は「継獅子(つぎじし)」といって縦に何段も組まれる祭礼芸能があります。その中でも九王(くおう)龍神社では、船の上で行われる継獅子(つぎじし)があると聞いて行ってきました!これはすごい。

愛媛県今治市大西町九王(くおう)に伝わる九王龍神社の「船上継獅子舞(せんじょうつぎししまい)」は、海とともに生きてきた地域の信仰と共同体文化を象徴する、全国的にも珍しい祭礼芸能です。龍神社から富山八幡神社へ神輿を渡御する海上神事のなかで、波間に浮かぶ船上を舞台に勇壮な継獅子(つぎじし)が披露されます。愛媛県指定無形民俗文化財にも指定されています。

The ‘Boat-Based Tsugishi Lion Dance’ of Kuō Ryūjinja Shrine, handed down in Kuō, Ōnishi-chō, Imabari City, Ehime Prefecture, is a ritual performance that is rare even on a national scale, symbolising the local faith and community culture of a region that has lived in harmony with the sea. During the maritime ritual in which the portable shrine is carried from Ryūjinja Shrine to Toyama Hachiman Shrine, a magnificent Tsugishi lion dance is performed on a boat bobbing amidst the waves. It has also been designated as an Intangible Folk Cultural Property of Ehime Prefecture.

九王(くおう)龍(りゅう)神社
場所:愛媛県今治市大西町九王甲853 [Google Map]
祭神:龍神
連絡:今治市大西支所(0898-53-3500)
大祭:春の大祭(大西地域) 5月 獅子舞の奉納「継ぎ獅子の立ち芸」

Kuō Ryū Shrine
Location: 853 Kuō-kō, Ōnishi-chō, Imabari City, Ehime Prefecture [Google Map]
Enshrined Deity: Dragon God
Contact: Imabari City Onishi Branch Office (0898-53-3500)
Major Festival: Spring Grand Festival (Onishi Area) May – Dedication of the Lion Dance ‘Tsugishi no Tachigei’

2026/05/17撮影

斎灘(いつきなだ)。広島県と愛媛県との間の瀬戸内海域の名称。古くは風待ちの港として繁栄しました。名前は、かつて斎内親王から幣物料を下賜したことから名付けられた広島県呉市の斎島(いつきしま)に由来します。


九王(くおう)は高縄半島西岸の静かな入り江に位置し、古くから漁業と海上交通の要地でした。龍神社は、神武天皇東征の際に海難を逃れたことを起源とする伝承を持ち、江戸時代には松山藩の雨乞い祈祷所としても信仰を集めました。現在も、海を守る龍神信仰と地域の祭礼文化が色濃く残されています。

Kuō is situated in a quiet cove on the western coast of the Takanawa Peninsula and has long been a key hub for fishing and maritime transport. Ryūjin Shrine is said to have originated from a legend concerning Emperor Jimmu’s escape from a shipwreck during his eastern campaign, and during the Edo period, it attracted worshippers as a site for rain-praying rituals for the Matsuyama Domain. Even today, the belief in the Dragon God who protects the sea and the region’s festival culture remain deeply ingrained.


小さな祠。恵比寿様


海中鳥居。斎灘(いつきなだ)に佇んでいます。満潮時には、海に浮かんでいるような幻想的な風景を見ることができます


九王(くおう)龍神社


九王獅子連中。九王(くおう)獅子連中は、愛媛県今治市大西町の九王地区で200年以上にわたり受け継がれている伝統芸能「継ぎ獅子(つぎじし)」の保存会です。


昭和〜平成初期頃に営業していた「海上の喫茶レストラン(または海の家・休憩所)」の跡地。


当時の九王海岸は海水浴場としてとても任期で、予讃線の夏限定の臨時駅が開設されるほどでした。その頃に海の上に張り出す形で建てられ、名物スポットとして利用されていた名残です。


ウバメガシやカシなどの照葉樹の枝葉(地域によっては杉・ヒノキ・竹など)を束ねて海に沈めて、アオリイカの人工産卵床をつくる「柴漬け(しばづけ / イカ柴)」でしょうか。徳島や高知でも見たことがあります。
参考:
シバづけで生物を増やし豊かな海をつくれるか! | 公益財団法人 黒潮生物研究所
ウバメガシの枝葉をアオリイカの産卵床として提供 | 四国の右下木の会社


龍神社


神輿


対岸には多くの観客が集まっています。


祭り最大の見どころが、神輿舟を先導する「獅子舟」の上で演じられる船上継獅子です。二艘または三艘の船をつなぎ合わせた特設の舞台で、大人たちが土台となり、その肩の上にさらに人が立ち重なる「二継ぎ」「三継ぎ」「四継ぎ」などの立ち芸が披露されます。最上段では獅子子が獅子頭をかぶり、海風の中で勇壮に舞います。不安定な船上で行われるため、高度な技術と息の合った連携が必要とされ、観客を圧倒する迫力があります。

The festival’s main highlight is the ‘Shipboard Tsuigi-shishi’ performance, staged on the ‘Lion Boat’ that leads the mikoshi boat. On a specially constructed stage formed by linking two or three boats together, adults form a base, and people stand on top of their shoulders in a stacking formation known as ‘nitsugi(Doubles)’, ‘sangtsugi(Trio)’ or ‘yotsugtsugi(Quartet)’. At the very top, a lion dancer wears a lion’s head and dances majestically in the sea breeze. As this takes place on the unstable deck of a boat, it requires advanced skill and perfectly synchronised teamwork, creating a spectacle that overwhelms the audience.


「継ぎ獅子(つぎじし)」は、愛媛県今治市周辺に伝わる伝統芸能です。大人たちが肩車のように幾重にも重なって人の柱(3〜5段)を作り、最上段の子供(獅子児 / ししじ)が華麗に舞う獅子舞で、五穀豊穣を祈願します。江戸時代中期に伊勢大神楽の技法が伝わり、今治独自に発展したとされています。「天の神様に少しでも近づきたい」「稲が天高く育つように」という願いから、「三継ぎ(みつぎ)」「四継ぎ(よつぎ)」へと高さを競うようになり、かつては五段や六段に及ぶこともありました。一番上で舞う4歳〜小学校低学年ほどの子どもは「獅子児(ししじ)」と呼ばれ、神の使いとして大切に扱われます。約24の保存団体が存在し、その多くが愛媛県の無形民俗文化財に指定されています。

参考:春祭り獅子舞奉納 継ぎ獅子マップ | 今治市


演目は単なる曲芸ではなく、神輿の露払いとして悪魔払いを行う神事的意味を持っています。天狗面をつけた「ダイバ」、餅つきの所作を行う「もちつき」、お多福や狐が登場する芸など、多彩な演技が連続し、祭礼全体を盛り上げます。船上で餅をまく「縁起餅」も名物で、海辺には多くの見物客が集まります。

The performances are not merely acrobatics; they hold a sacred significance as a ritual to ward off evil spirits, serving as a precursor to the mikoshi procession. A succession of diverse acts—including the ‘Daiba’ wearing a tengu mask, the ‘Mochitsuki’ mimicking the motions of rice cake pounding, and performances featuring Otafuku and foxes—liven up the entire festival. The ‘Enki Mochi’—rice cakes thrown from the boats—is also a famous attraction, drawing large crowds of spectators to the seashore.


餅投げ

この継獅子を支えるのが「九王獅子連中」です。かつては地域の若者組として組織され、世代を超えて技術と役割が受け継がれてきました。少子化や担い手不足により継承は容易ではありませんが、「獅子を絶やしたくない」という地域の強い思いによって今日まで守られています。

The ‘Kuo Lion Troupe’ is responsible for supporting this Tsugishi lion. Originally organised as a group of local youths, their skills and roles have been passed down across generations. Although preserving the tradition is no easy task due to the declining birth rate and a shortage of participants, it has been maintained to this day thanks to the community’s strong determination not to let the lion dance die out.

海上を進む神輿、潮風にはためく幟、船上で高く積み上がる継獅子。その光景には、海とともに生きてきた九王の歴史、祈り、そして地域の結束が今も力強く息づいています。

The mikoshi advancing across the sea, the banners fluttering in the sea breeze, and the Tsugishi stacked high on the boat. In this scene, the history of Kuō—a community that has lived alongside the sea—its prayers, and the solidarity of the region still breathe powerfully to this day.

今治及び越智地方の獅子舞 – えひめの文化財(たから)

今治・越智地方の獅子舞は、成人男子による多人数遣い一対二頭立てで演じられる獅子遣いを基本とし、平面的・躍動的に演じる「場遣い」に加え、曲芸的・立体的な要素の二(に)継(つ)ぎから五(ご)継(つ)ぎに至る「立(た)ち芸(げい)」を取り込んで演じるとともに、ダイバ(天狗(てんぐ))による四方(しほう)祓(はら)い・竈(かまど)祓いの「神楽」及び大型のユタン(獅子の胴体を覆う布)を利用した多様な「祝福芸や狩人(かりゅうど)による獅子退治」を加えた四つの要素で構成される。氏神の例祭において神輿の渡御に付随した、その先導役として社頭及び御旅所において演じられることが一般的である。 継(つぎ)獅子(し し)と呼ばれる立ち芸は、台(若者の肩組)の肩に中台が立ち、さらにその上で獅子(し し)子(こ)と呼ばれる少年が獅子頭を被り扇子等の採(と)り物(もの)を持って曲芸をする。肩に乗る人数で「二継ぎ」や「三継ぎ」と呼ばれる。獅子舞の由来については、伊勢神宮に伝わる「太(だ い)々神楽(かぐら)」(二継獅子)の流れを汲み、今から約190年前に今治市鳥生の三嶋神社に伝えられたといわれ、そこから今治・越智地方に広がったとされる。

データベース『えひめの記憶』|生涯学習情報提供システム

九王(くおう)は越智郡大西町の北部の地で、斎灘(いつきなだ)に面し、九王・鴨池(かもいけ)の両海岸などの長い海岸線を持つ。このうち、九王海岸は高縄(たかなわ)半島の西岸に位置し、大きく西方に突出する宮崎半島と鳶鴉(とびからす)山との間にある波静かな深い入り江である。その北部と南部は急傾斜の岩石海岸であるが、中央部は約1kmにわたる砂浜で、付近には集落が密集している。その西端の龍神ヶ鼻(りゅうじんがはな)に龍(りゅう)神社(写真2-1-18参照)があり、また集落の東方にある丘陵上には富山(とみやま)八幡神社がある。龍神社は江戸時代には、松山藩の雨乞いの祈禱所として、近郷住民の信仰を集めてきたといわれ、また富山八幡神社は九王地区の氏神である。この両神社の祭礼の練りにおいて、船上の継獅子(つぎじし)が演じられる。継獅子とは獅子舞のうち、とくに今治市、越智郡などで広く発達し演じられる曲芸的な立ち芸のことである。

要約
九王地区では、龍神社と富山八幡神社の祭礼で、神輿を船で海上渡御させ、その先導をする「獅子舟」の上で継獅子が演じられる。継獅子は、肩の上に次々と人が乗り重なる曲芸的な獅子舞で、今治地方独特の伝統芸能である。祭りでは、神輿舟と獅子舟が海上を進み、沖合で停泊した船上で二継ぎ・三継ぎ・四継ぎなどの大技が披露される。その後、一行は上陸し、地蔵堂や富山八幡神社へ向かいながら、道中でも獅子舞を続ける。演目は非常に多彩で、天狗による悪魔払い、餅つき、三番叟、狐やお多福の芸、火吹き男との掛け合いなどが含まれる。特に四継ぎ・五継ぎは高度な技で、怪我の危険も伴う命懸けの演技だった。

継獅子を支えるのは「獅子連」という若者組織で、かつては15歳頃に加入し、結婚や25歳前後で引退する仕組みだった。しかし高度成長期以降、若者不足で存続危機に陥り、引退者や地域住民が支える形へ変化した。それでも地域の人々は、「獅子を絶やしたくない」という思いで伝統を守り続け、新興住宅地にも出向いて演じるなど、時代に合わせながら継承している。この記録は、九王の継獅子が単なる芸能ではなく、海・信仰・共同体・若者文化が一体となった、瀬戸内沿岸独特の民俗文化であることを伝えている。

龍神社・九王(今治市・大西地区) – 神仏探訪記

大西の九王(くおう)にある「龍神社・九王(りゅうじんじゃ)」は、神武天皇(じんぶむてんのう)が大和を目指して進軍した「神武東征(じんむとうせい)」の神話を起源とする、非常に由緒ある神社です。

龍神社・九王の創建
神武東征の途上、神武天皇の船団は何度も自然の脅威にさらされました。古代の船旅は今のように安全なものではなく、突発的な嵐や強風、荒れ狂う波により常に命の危険と隣り合わせでした。船団は幾度となく遭難しかけ、そのたびに神武天皇は神々へ祈りを捧げ、航海の無事を願ったと伝えられます。その伝承が、ここ今治市大西町九王の地にも伝わっています。あるとき神武天皇がこの海域を進んでいた際、突如として空がかき曇り、激しい嵐が船団を襲いました。荒れ狂う風と波に翻弄され、船を進めることもままならず、一刻も早く陸に辿り着かねばならない状況に追い込まれたのです。この危機的な場面で、神武天皇は海を司る「龍神」に深く祈りを捧げました。その祈りが通じたのか、やがて嵐は急に静まり、波も穏やかになり、船団は無事に近くの浜へと船をつけることができました。この出来事に感謝した神武天皇は、龍神を祀りました。これが、龍神社・九王の始まりとされています。