日本最古の物語『竹取物語』で、光る竹からかぐや姫をみつけた竹取の翁(たけとりのおきな)の名前は、『讃岐造(さぬきのみやつこ)』です。物語の冒頭で「今は昔、竹取の翁といふものありけり。名をば、さぬきの造(みやつこ)となむいひける」と記述されています。この「造(みやつこ)」は、古代における地方豪族の長や有力者を指す言葉であり、讃岐造は讃岐地方を治めていた豪族であったと言われています。

また、奈良県広陵町(こうりょうちょう)三吉(みつよし)には、讃岐神社という神社があります。この場所はかつて「散吉(さぬき)」と呼ばれ、讃岐国ゆかりの斎部氏(いんべうじ)が移住した地です。『竹取物語』に登場する竹取の翁の名前が「讃岐造(さぬきのみやつこ)」なので、竹取物語の舞台とされるゆかりの神社です。延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に記された古社と考えられています。境内には周辺八村から奉納された灯籠や、元禄期の絵馬など貴重な文化財が残ります。かぐや姫に求婚した人物が実在の歴史人物であることから、竹取物語の舞台はこの地と考えられています。

In Japan’s oldest tale, The Tale of the Bamboo Cutter, the name of the bamboo cutter who discovered Princess Kaguya from the glowing bamboo is “Sanuki no Miyatsuko”. The story begins: ‘Once upon a time, there lived a man known as the Bamboo Cutter. His name was Sanuki no Miyatsuko.‘ This ’Miyatsuko” was a term in ancient times for the head or influential figure of a local clan, and Sanuki no Miyatsuko is said to have been a clan chief governing the Sanuki region.

Furthermore, in Mitsuyoshi, Kōryō-chō, Nara Prefecture, there is a shrine called Sanuki Shrine. This place was once called “Sanuki” and is where the Inbe clan, associated with Sanuki Province, settled. As the name of the Old Man of the Bamboo Cutter in The Tale of the Bamboo Cutter is “Sanuki no Miyatsuko”, this shrine is considered a place of connection to the tale’s setting. It is thought to be an ancient shrine recorded in the Engishiki Jinmyōchō. Within the precincts, valuable cultural assets remain, including lanterns dedicated by the surrounding eight villages and ema votive plaques from the Genroku period. As the suitor to Princess Kaguya was a historical figure who actually existed, this location is considered the setting for The Tale of the Bamboo Cutter.

ちなみに、『竹取物語』は「日本最古の物語文学」とされています。9世紀末〜10世紀初頭(平安時代初期)に成立したと考えられています。作者不詳。完全な物語形式(起承転結・登場人物・主題)をもつ最初期の作品。和歌中心ではなく、散文で物語を語る点が画期的でした。『古事記』(712)・『日本書紀』(720)は、神話・歴史書であり「物語文学」ではありません。『万葉集』(8世紀)は、和歌集であって物語ではありません。貴公子の求婚譚や異界(月)から来た存在など、後の『源氏物語』や王朝文学の原型を提示しています。民間伝承と貴族社会をつなぐ、物語文学の出発点。つまり『竹取物語』は、日本の“物語文化”が始まった場所といえる作品です。

かぐや姫を籠に入れて育てる翁夫妻。17世紀末(江戸時代)メトロポリタン美術館蔵。

かぐや姫を籠に入れて育てる翁夫妻。17世紀末(江戸時代)メトロポリタン美術館蔵

さらに、香川の昔の名前『讃岐(さぬき)』の由来は、『竿調国(さおつきのくに)』が転訛したという説があります。朝廷へ『調(ちょう / 特産物の税)』として矛竿(ほこさお)を納めていた事実から、『竿調国(さおつきのくに)』と称したことにちなんで讃岐国と呼ばれるようになったという説があります。

つまり、古代の香川県は、良質な竹の産地で、そのことから、讃岐国と呼ばれ、竹取物語に登場する竹を取る重要人物の名前に「讃岐」の名前がついていると言えるのではないでしょうか。

Furthermore, there is a theory that the origin of Kagawa’s old name, ‘Sanuki,’ comes from the corruption of ‘Saotsuki no Kuni’ (the country of spear poles). It is said that the name “Sanuki” came from the fact that the country was called ‘Saotsuki no Kuni’ because it used to pay ‘chō’ (a tax on local specialities) to the imperial court in the form of spear poles.

In other words, ancient Kagawa Prefecture was a region renowned for its high-quality bamboo, and it is likely that the name ‘Sanuki’ was adopted as a result. This connection may also explain why the name “Sanuki” appears in the name of an important character in the ‘Tale of the Bamboo Cutter.’

かつて香川県は、朝廷に竹製の矛竿(ほこさお)を納めていたことから「竿調国(さおつきのくに)」と呼ばれていました。特に香川県三豊市豊中町の竹田地域には、竹を求めて移住した讃岐忌部氏が住みつき、西讃地域の開発を進めました。香川県には今も竹にまつわる文化や地名が残っており、竹取物語の「竹取の翁」が「讃岐造(さぬきのみやつこ)」とされていることから、物語の舞台が香川だった可能性も指摘されています。竹とともに歩んだ歴史が、香川の文化の中に息づいています。

・『讃岐(さぬき)』の名前の由来が、『竿調国(さおつきのくに)』という説がある
・日本最古の物語『竹取物語』にでてくるかぐや姫の『竹取の翁』の本名が、『讃岐の造(さぬきのみやつこ)』

これらのことから、香川県はかつて良質な竹が取れた産地であったので、竹取物語の登場人物に「讃岐」の文字が登場したのかもしれません。

In the past, Kagawa Prefecture was called ‘Saotsuki no Kuni’ (the land of bamboo poles) because it supplied bamboo spear poles to the imperial court. In particular, the Takeda region of Toyonaka-cho, Mitoyo City, Kagawa Prefecture, was settled by the Sanuki Inbe clan, who moved there in search of bamboo and promoted the development of the western Sanuki region. Even today, Kagawa Prefecture retains bamboo-related culture and place names. Since the ‘Old Man of the Bamboo Cutter’ in The Tale of the Bamboo Cutter is said to be ‘Sanuki no Miyatsuko,’ there is also speculation that the story’s setting may have been Kagawa. The history intertwined with bamboo continues to thrive within Kagawa’s culture.

・The origin of the name ‘Sanuki’ comes from ‘Saotsuki no Kuni’.
・The real name of the old man who appears in Japan’s oldest story, ‘The Tale of the Bamboo Cutter,’ is ‘Sanuki no Miyatsuko.’

From these facts, we can imagine that Kagawa Prefecture may have once been a place where high-quality bamboo was harvested.

竹取物語 : 校註 修正13版 書誌情報 : 著者 武田祐吉 著 出版者 明治書院 出版年月日 昭和16
国立国会図書館デジタルコレクション
『竹取物語』武田祐吉 著、明治書院 1941年(昭和16年)。国立国会図書館デジタルコレクション

竹取物語
かぐや姫おひたち
今は昔、竹取の翁(おきな)といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、讃岐造(さぬきのみやつこ)麻呂となむいひける。その竹の中に、本(もと)光る竹なむ一筋(ひとすぢ)ありける。あやしがりて、寄(よ)りて見るに、筒(つつ)の中光りたり。それを見れば、三寸(さんずん)ばかりなる人、いと美しうて居(ゐ)たり。

The Tale of the Bamboo Cutter
The Birth of Princess Kaguya
Long ago, there lived an old man named Okina, who gathered bamboo in the mountains and used it for various purposes. His name was Sanuki no Miyatsuko Maro. Among the bamboo, there was a single stalk that glowed brightly. Curious, he approached and looked inside, and saw that the inside of the bamboo was glowing. Looking inside, he saw a person about three inches tall, who was very beautiful.


竹皮



とんど


小豆島 中山


瀬戸内海歴史民俗資料館


萬燈寺(香川県高松市国分寺町)

かぐや姫の育ての親、讃岐造(さぬきのみやつこ)と讃岐神社 | 広陵町

『竹取物語』の中でかぐや姫や育ての親である竹取の翁が暮らしたとされる広陵町。中でも、讃岐造(さぬきのみやつこ)ゆかりとされるのが、広陵町三吉に鎮座する讃岐神社です。讃岐神社(広陵町三吉328)讃岐神社は延喜式神名帳に記された神社と考えられ、現在は大物忌命・倉稲魂命・猿田彦命・大国魂命を祭ります。これらの祭神は明治以降に定められたものであり、それ以前の祭神はさまざまに記され、正しくは不詳としなければなりません。また、『日本三大実録』元慶七年(883)の散吉大建神・散吉伊能城神に従五位下を授ける記事は、当社に関する可能性が大きいといわれ、『神名帳考証』には讃岐国と関係が深い祭神である景行天皇の皇子五十香足彦命を祭ると記されています。境内にある八基の灯篭は平尾・寺戸・大垣内・斉音寺・古寺・中・笠・赤部村から、それぞれ奉納されたものです。『大和志』記載の村数とはことなりますが、おそらくこの八村が本来讃岐神社の宮郷を構成していたものと考えられます。拝殿には、元禄三年(1690)に奉納された蒙古襲来兵舩図など多数の絵馬がかけられ、また社像品として海北友賢作の三十六仙扁額があります。戦国時にこの地域を支配した箸尾為春から寄進されたことを伝えています。

『竹取物語』の舞台が讃岐神社周辺であるとされる理由
かぐや姫に求婚する五人の貴公子の名は壬申の乱(672)で活躍した実在の人物であり、かぐや姫の館に求婚のために通った記事から、竹取物語の舞台は大和国広瀬郡散吉郷(現広陵町三吉)であるとされています。讃岐の一族が大和朝廷に仕えるため、竹の豊富なこの地に移りすみ、竹取物語が生まれたと考えられているからです。

讃岐忌部氏 – Wikipedia

讃岐忌部氏は、矛竿の材料である竹を求めて、いまの香川県三豊市豊中町笠田竹田忌部の地に居を構え、そこを拠点として特に西讃(せいさん)地方を開発した。

高瀬町誌に「讃岐忌部氏は江戸時代の中ごろまで豊中町竹田字忌部にいたがその後高瀬町上麻に転住し現在に至る」との記述がある。

竹取物語との関連
竹取物語のモデルとなった場所として、岩波・新潮・講談社の「竹取物語研究書」は現在の奈良県北葛城郡広陵町としている。広陵町の小字(こあざ)は「笠神」であり、讃岐神社(広陵町)と笠神との間には「笠」なる村が存在し、古語拾遺の「崇神天皇」条に登場する笠縫邑(かさぬいのむら)と共に、讃岐忌部氏との関係が示唆される。 なお、この物語には竹取翁の名前が讃岐造(さぬきのみやつこ)、かぐや姫と名付けたのが三室戸斎部秋田(みむろとのいんべのあきた)とあることと、香川県さぬき市長尾町に鎮座する多和神社の祭神が讃岐忌部氏の祖神・手置帆負命であり、同町の古くからの特産品が竹であることから竹取物語との関係を指摘する声がある。

讃岐国 – Wikipedia

黎明期から讃岐忌部が祭祀のための竿矛を製造していた。そのため竿調国とも呼ばれていた。また古墳時代から石棺のための石材産業が羽床周辺で盛んに行われていたことがわかっている。『播磨国風土記』印南郡の条には、神功皇后が崩御した仲哀天皇のための古墳築造のために、讃岐国の羽若の石を求めた物語が記されている。鷲ノ山周辺は凝灰岩質であり加工しやすい石材が採掘された。

その後、渡来人の移入で須恵器生産と製塩産業が始まったとみられる。『延喜式』によると、讃岐の阿野郡からは調として「煎塩」を貢上することが記されている。また須恵器製造も盛んであったことも十瓶山窯跡群西村遺跡の発掘調査からわかっている。

香川県プロフィール(地名のいわれ)|香川県

香川県の旧国名である(「さぬきうどん」でおなじみの)「讃岐」については、狭貫、佐貫などとも書き、むかし、朝廷へ「調」として矛竿(ほこさお)を納めたことから、「竿調(さおつき)国」と称したことにちなむとも、東西に細長い地形から「狭貫」と書いたともいわれています。

[伝統文化] むかしむかし…春の讃岐路|香川県

「かぐや姫」が登場する「竹取物語」も香川県ゆかりの物語という説がありますが、竹林でかぐや姫を見つけた竹取の翁は「讃岐造(さぬきのみやつこ)」という名前。その昔は讃岐の地から税金の一種である「調」として竹さおが納められていました。そこで、三豊市豊中町の笠田がお話の舞台であるという説や讃岐忌部(いんべ)氏の祖神・手負帆負命(たおきほおひのみこと)をまつる多和神社があるさぬき市長尾ではないかという説があります。