アレックス・カーのニッポン景観論 – 集英社新書コラム

70年代の前半はイェール大の学生としてアメリカにいながらも、時間があれば日本に来て、バイクであちらこちらを巡っていました。高知県と徳島県の山間にある「祖谷」を偶然、発見したのはそのころです。平家の落人伝説が残る祖谷は、秘境中の秘境で、民家の光景も、それまで私が目にしていた日本の田舎とは、まるで違っていました。
日本の典型的な田園風景というのは、山の麓に集落を作って人が住み、その周りに田んぼが広がっているものです。でも、祖谷では険しい山の中腹に茅葺きの古民家が一軒一軒点在していて、急斜面に田んぼはありません。霧が山を覆い、その合間から古い家がぽつぽつと姿を現す光景は、中国の墨絵のようで、そのロマンチックなパノラマに、私はすっかり心を奪われてしまいました。そのすぐ後に、奨学金を得て慶應義塾大学に留学するのですが、日本にいる間は大学をサボって祖谷にばかり通っていました。
 当時から祖谷では過疎が進んでいて、歩いていると空き家がたくさん目に付きました。だったら、どれかを自分のものにできるだろうか? と思い立ち、数十軒、いえ、百軒以上の空き家を勝手に見て回るようになりました。そして73年、ついに1軒の茅葺き家屋と巡り会ったのです。120坪の土地に、築300年の家で値段は38万円。20歳の学生にそんなお金はありませんでしたので、父親や友人から借金をして買いました。ちなみに、借金は5年をかけて返済しました。

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