2019年12月15日に109年の歴史に幕を閉じた、香川県高松港と岡山県宇野港を結ぶ『宇高航路』ですが、実は直島経由で渡ると高松港から宇野港を行き来することができます。実際、瀬戸大橋が強風などで通行止めになり、四国が陸の孤島となったとき、実は直島経由で本州と四国を行き来することができたのですが、あまり知られていないのか利用者は少なかったそうです。

瀬戸内国際芸術祭のサポート団体の『こえび隊』が発行する『こえび新聞』の取材で、直島経由で高松港から直島経由で宇野港を往復してきました。宇高航路特集はぜひ、こえび新聞 vol.18をご覧ください。

2020年1月23日。今回は、私達取材班が、高松港から直島経由で宇野港を往復してきた様子、帰りに経由した直島でナイトツアーをしてみた様子をレポートしたいと思います。109年の歴史に幕を閉じた最終日には高松港に多くのファンが訪れていました。しかし、何より皆さんが利用しないとどんなに愛着をもった航路でもなくなってしまいます。ぜひ、宇野港と高松港を結ぶ島旅のご参考になれば幸いです。

乗船したフェリーの時刻表はこちら。
往路:15:35香川・高松港発→16:25直島・宮浦港着、16:35直島・宮浦港発→16:55岡山・宇野港着
帰路:18:53岡山・宇野港発→19:13直島・宮浦港、直島散策(30分)、19:45直島・宮浦港発(高速艇)→20:15香川・高松港着
参考:
ダイヤのご案内 | 四国汽船株式会社
Google Mapのルート検索(香川・高松港〜直島・宮浦港〜岡山・宇野港)


高松港から出発です。『Liminal Air -core-』(大巻伸嗣)


高松港発、直島行フェリー


直島といえば水玉。


For Naoshima(MIYANOURA)


チケット売り場でチケットを購入します。


乗船券。520円


乗船


船旅の間も、瀬戸内の景色を楽しむことができます。曇り空の瀬戸内海も美しい。


船の移動中は編集会議。ワーケーション。


大槌島。冬は、高松や直島周辺に海苔の養殖筏(ようしょくいかだ)がでています。


直島・宮浦港に到着


『赤かぼちゃ』(草間彌生)


船を降りて宮浦港で、岡山・宇野港行きのフェリーチケットを購入します。300円


水玉模様のフェリーだけでなく、こちらはひし形模様のフェリー。


直島はアートの島の顔以外に、工業の島でもあるという側面をフェリーから島を眺めると垣間見ることができます。年間20万トン以上の銅をリサイクル生産しています。参考:(三菱マテリアル 直島製錬所)


宇野港に到着。切符売り場


四国フェリー


宇野港からの眺め。直島諸島の葛島などがみえています。


こえび新聞、瀬戸内アーカイヴの取材は、玉野産業振興ビルにて。長年、宇高航路を使って宇野港で働く方に、お話を伺いました。詳細は、『こえび新聞 vol.18』をご覧ください。


自作のフェリー時刻表。乗り継ぎが複雑なので自分用にこうしてまとめると便利です。


昔の宇高航路を走っていたフェリーの写真が展示されています。直島水道を航行する上り「伊予丸」。1966年(昭和41年)〜1988年(昭和63年)まで、4姉妹の第一船として就航。トレードカラーは、「伊予柑」をイメージしたオレンジ。この「伊予丸型」が、宇高連絡船最終モデルとなりました。谷本武志氏撮影


港の模型


取材を終えて、宇野港から直島へ。宇野港から出発する直島行きフェリー


夜の直島に到着。30分ほど滞在時間があるので宮浦港周辺を散策してみました。夜の直島ツアーのはじまりです。


海の駅『なおしま』 建築設計は、SANAA(妹島和世 +西沢立衛)。
Naoshima island ferry terminal by SANAA


養殖海苔の摘み取り船が並んでいる港の向こうで光り輝くアート作品。『直島パヴィリオン』(建築家・藤本壮介さん)


直島町町制施行60周年記念で制作されたオブジェ『直島パヴィリオン』。


27島からなる直島諸島の「28番目の島」をコンセプトに制作された作品。


約250枚のステンレス網で構成され、中に入ることができます。


水面に揺らぐ光の塊


街灯


『BUNRAKU PUPPET』(ジョセ・デ・ギマランイス)。香川県の無形文化財に指定されている「直島女文楽」の動きや着物の裾捌き(すそさばき)にインスパイアされて制作されたアート作品。夜のライトアップ。


港から路地を抜けて少し行くと


怪しげに光る建物が出現します。


直島銭湯 『I♥湯』(大竹伸朗さん)


ネオンの看板。アーティスト・大竹伸朗が手がける実際に入浴できる美術施設。


直島島民の活力源として、また国内外から訪れるお客様と直島島民との交流の場としてつくられました。


外観・内装はもちろん、浴槽、風呂絵、モザイク画、トイレの陶器にいたるまで大竹伸朗の世界が反映されています。


「ゆ」


心も身体も温まる


宮浦港に戻ってきました。


帰りは高速艇にしてみました。チケット:1,220円。


RED BIRD (レッド・バード)で高松港に帰りました。


ただいま高松港。このように、宇野港と高松港を行き来する宇高航路は直行便こそなくなってしましましたが、直島経由で行くことができますし、意外と便数も多く値段もそれほど高くはありません。ぜひ、宇野にお住まいの方はぜひ高松港に遊びに来てほしいですし、逆に高松にお住まいの方は宇野に遊びに足を運んでほしいと思います。その際にはこの直島経由の航路がオススメです!


おまけ。高松港近くにある讃岐丸の錨(いかり)。


レール。宇高連絡船鉄道レールモニュメント。この場所は、かつて高松と宇野を結ぶ宇高連絡船の埠頭(ふとう)の跡地です。宇高連絡船は、1910年(明治43年)6月12日に就航し、瀬戸大橋が開通した1988年(昭和63年)4月10日、人それぞれの思い出を残しつつ78年間にわたる役目を終えました。

そこで、建物をかつての連絡船に見立て、鉄道レール(JRより支給)を敷き、ガラス扉に機関車のシルエットを描き連絡船に列車が出入りするイメージを再現しています。

また、玄関横の壁面には、連絡船就航時の航路や埋立地と、現在の埋立地を対比するとともに、高松シンボルタワータワー棟3階「観光情報センター」には、宇高連絡船記念展示コーナーを設置しています。

2020年7月撮影


109年の歴史に幕を降ろし、廃止になったはずの航路を通ったときに見つけた海上保安庁のブイに「うこう」の文字。撮影しながら心のなかで「宇高(うこう)!」と叫んでしましました笑。

宇高連絡船 – Wikipedia

宇高航路は四国フェリー1社による運航となっていたが、四国フェリーの子会社である四国急行フェリーは2019年11月11日、岡山県の宇野港と香川県の高松港を結ぶフェリー航路について、12月16日に運航を休止すると発表した。これにより、「宇高航路」と呼ばれ109年にわたり運航されてきた宇野~高松航路が、事実上その歴史に幕を閉じることになった。

強風などで本四備讃線の瀬戸大橋橋上区間(児島駅 – 坂出駅・宇多津駅)に通行規制がかかった場合は、快速電車マリンライナーが宇野行に臨時変更され、宇野から高松へフェリーによる代行輸送が行われていたが、四国フェリーが深夜便を廃止し日中の運航も5往復にまで減便されたため、代行輸送契約は終了となった。

沿革
1903年(明治36年)3月18日:前身となる山陽汽船商社の岡山港 – 高松港間および多尾連絡船(多度津港 – 尾道港間)就航。
1906年(明治39年)12月1日:鉄道国有法に伴い、山陽汽船商社の航路が国有化。
1910年(明治43年)6月12日:官設鉄道宇野線 岡山 – 宇野間が開通し、岡山港 – 高松港間と多尾連絡船の両航路を統合し、宇野 – 高松間の航路を開設。玉藻丸・児嶋丸就航。
1955年(昭和30年)5月11日:紫雲丸が第三宇高丸と衝突して沈没し168人が死亡する事故が発生(紫雲丸事故・国鉄戦後五大事故の一つ)。
1972年(昭和47年)11月8日:ホーバークラフト就航。
2010年(平成22年)6月12日:宇高航路100周年を記念し、JR四国の主催で、四国フェリーの船をチャーターし「宇高連絡船メモリアルクルーズ」を開催。
2019年(令和元年)12月16日:四国フェリー運航を休止。

参考:Google Mapのルート検索(香川・高松港〜直島・宮浦港〜岡山・宇野港)