広島の亥の子(いのこ)祭り Inoko Festival at Hiroshima pref.

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大いのこ祭(袋町公園)
広島に伝わる亥の子の精神を現代風に甦らせたイベントで、88本の竹を使って1.5トンの大石を空中に吊り上げる「石動」や、屋台などが登場します。
日時:2026年11月7日(土)〜 11月8日(日)11:00〜20:00(雨天決行)
会場:袋町公園(広島県広島市中区袋町9-9)
アクセス:JR広島駅から市内電車1番線(広島港行き)「袋町」電停から徒歩約5分
料金:参加無料
お問い合わせ:大イノコ祭りを支える市民の会(090-3178-3401)

Oinoko Festival (Fukuro-machi Park)
This event revives the spirit of the traditional Inoko festival in Hiroshima with a modern twist, featuring the ‘Ishidō’ – a spectacle in which a 1.5-tonne boulder is hoisted into the air using 88 bamboo poles – as well as food stalls and other attractions.
Date and Time: 7 November (Sat) – 8 November (Sun) 2026, 11:00–20:00 (will go ahead regardless of weather)
Venue: Fukuro-machi Park (9-9 Fukuro-machi, Naka-ku, Hiroshima City, Hiroshima Prefecture)
Access: Approximately 5 minutes’ walk from the ‘Fukuro-machi’ tram stop on City Tram Line 1 (bound for Hiroshima Port) from JR Hiroshima Station
Admission: Free
Enquiries: Citizens’ Association Supporting the Great Inoko Festival (090-3178-3401)

広島市中区の亥の子祭り(前夜祭・本祭)
地域に根付く伝統的な亥の子祭りも中区内で開催されます。
日時:2026年11月14日(土)15日(日)
・前夜祭:11/14(土)19:00〜
・本祭:11/15(日)
主な巡行ルート:本通商店街、金座街、並木通り、袋町、中町、中一区187号線など
拠点住所(袋町公園周辺):広島県広島市中区袋町9-9(ここを拠点に周辺の商店街や通りを練り歩きます)

Inoko Festival in Naka Ward, Hiroshima City (Pre-festival and Main Festival)
The traditional Inoko Festival, deeply rooted in the local community, is also held in Naka Ward.
Dates: 14 November (Sat) and 15 November (Sun) 2026
・Pre-festival: 14 November (Sat) from 19:00
・Main festival: 15 November (Sun)
Main procession route: Hondori Shopping Street, Kanzagai, Namiki-dori, Fukuro-machi, Nakamachi, Route 187 in Naka 1-ku, etc.
Base address (around Fukuro-machi Park): 9-9 Fukuro-machi, Naka Ward, Hiroshima City, Hiroshima Prefecture (The procession will wind its way through the surrounding shopping streets and roads from this base)

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広島市内で行われていた大イノコ祭りの様子。亥の子(いのこ)祭りは、旧暦10月の亥の日に行われる年中行事。主に西日本で見られます。亥の子餅を作って食べ万病除去・子孫繁栄を祈る、子供たちが地区の家の前で地面をついて回る、などがあります。1669年、1754年、1758年と江戸時代に大火の多かった広島では、亥の子の季節にこたつを出す習慣があったので、火の用心の意味を込めて亥の子祭りが行われていたそうです。

This is the Inoko festival in Hiroshima city. Inoko festival is annual event that takes place on the day of the Boar of the lunar calendar in October . It can be seen mainly in western Japan. You can pray for all kinds of diseases removal and descendant prosperity to eat by creating rice cakes, children around with the ground in front of the district of the house and so on. There are such as different content depending on the region.

民俗学から見た亥の子祭りの意味
亥の子祭りを理解するうえでは、行為、歌、供物、参加者の関係を分けて見ると、その意味が浮かび上がります。

大地をつくことは、土地の生産力を願うこと
子どもたちが重い石を地面に打ちつける行為には、単なる遊び以上の意味があります。民俗学的には、土地を鎮める、地下の霊的な存在に働きかける、翌年の生産力を高めるといった呪術的な意味が指摘されています。愛媛県松前町の伝承では、地面を強くつくことを、悪霊を鎮めて生産力を高める行為と説明しています。かんざき塾:亥の子 – 松前町公式ホームページ|四国・愛媛 まさき

田の神を迎え、送り出す
日本の農耕民俗には、田の神が春に山から田へ降り、秋の収穫を終えると山へ帰るという信仰が各地にあります。亥の子も、この神の移動や農作業の節目と結びつけて解釈されてきました。ただし、神を迎える行事なのか、送り出す行事なのか、あるいは両方の意味を持つのかは、地域によって異なります。

亥の子唄は、祈りを声と身体で伝えるもの
亥の子唄には、家の繁栄、無病息災、豊作を願う数え歌型のものや、災厄を追い払う言葉を含むものがあります。地域によって歌詞や節回しが異なり、土地ごとの信仰や生活観が反映されています。唄に合わせて複数の子どもが石をつく行為には、集団の呼吸を合わせ、地域の一員としての作法を学ぶ意味もあったと考えられます。

家々を巡ることは、地域の繁栄を分かち合うこと
子どもたちが家を訪れ、家人が餅や菓子、ご祝儀を渡す習慣は、祈りを各家庭に届けると同時に、地域内で富や食べ物を分かち合う仕組みでもありました。地域によっては、新しく子どもが生まれた家を「宿」として祝い、子どもの健やかな成長を願います。収穫への感謝、家の繁栄、子どもの成長が、一つの行事の中で結びついていたのです。

なぜ「亥」なのか
亥は十二支の最後から数えて12番目で、動物ではイノシシにあたります。亥の子の祝いには、中国の風習に由来するとされる、旧暦10月の亥の日・亥の刻に餅を食べて無病息災を願う習俗が関係しています。日本では平安時代の宮中行事としても知られ、やがて民間へ広がりました。イノシシは子を多く産むことから、子孫繁栄の象徴とも結びつきました。ただし、亥の子石で地面をつく風習のすべてが、イノシシ信仰から直接生まれたと断定することはできません。餅を食べる習俗と、農村で地面をつく収穫儀礼が重なりながら、地域ごとの形に発展したと考えるのが適切です。

亥の子石
旧暦10月の亥の日の夕方から翌朝早朝にかけて、地区の子供たち(男子のみの場合もある)が集まり一軒一軒を巡って、歌を歌いながら平たく丸いもしくは球形の石に繋いだ縄を引き、石を上下させて地面を搗く。石の重さも1kg~10kg程度と地方により異なる。地方によって歌の内容は異なるが、亥の子のための歌が使用される。歌詞は縁起をかつぐ内容が多いが例外もある。子供たちが石を搗くとその家では、餅や菓子、小遣いなどを振舞う。振る舞いの無い家では悪態をつく内容の歌を歌われることもある。石のほか藁鉄砲(藁束を硬く縛ったもの)を使う地方もある。藁鉄砲を使う事例により、東日本における旧暦10月10日に行われる同様の行事、十日夜(とおかんや)との類似性が指摘できる。
石を搗いた後は各家庭の庭先に石の形に半球の穴がのこり、大きいほど喜ばれた。またその風景が初冬の風物詩であったが、近年はコンクリートなどで舗装している場合がほとんどで、小さな畳を持ち運びその上で搗いたり、空中で搗く動作だけを行ったり、引き合うことでこすったりする地方もある。
なお、昭和40年代に、この時期になると準備や亥の子歌の練習に夢中になり、宿題や勉強がおろそかになることなどから、学校が亥の子行事を禁止し廃れてしまった地域もある。
また、「公民館行事」として保護奨励され未だ興隆している地域(愛媛県宇和島市吉田町など)もある。

亥の子の歌

広島県
【広島県福山市・新市町金名地区】
亥の子の宵(えー)に祝わんものは 鬼産め 蛇産め 角のはえた子産め (せんせんせんよ)
一つ 鵯は 栴檀の実を 祝え (せんせんせんよ)
二つ 鮒子は 水の底 祝え (せんせんせんよ)
三つ 蚯蚓は 土の底 祝え (せんせんせんよ)
四つ 嫁御は 姑の髪 祝え (せんせんせんよ)
五つ 医者殿は 薬箱 祝え (せんせんせんよ)
六つ 娘は 化粧箱 祝え (せんせんせんよ)
七つ 泣き子は 親の乳 祝え (せんせんせんよ)
八つ 山伏は 法螺の貝 祝え (せんせんせんよ)
九つ 紺屋は 藍瓶(やがめ) 祝え (せんせんせんよ)
十で 豆腐屋は 豆腐籠 祝え (せんせんせんよ)
亥の子の宵(えー)に祝うた者は 四方へ蔵建て 繁盛せ 繁盛せ

【 広島県福山市 北吉津・吉津町地区 】
亥の子 亥の子
亥の子の宵に
餅付く衆は 福梅小梅
それもこれも お江弁須様に

 1つ 人より踏ん張って
 2で ニッコリ笑って
 3で 酒を造って
 4つ 世の中良いように
 5つ いつもの五徳なり
(※ 五徳=「仁・義・礼・智・信」の五徳にかけたともされ
     また「温・良・恭・倹・譲」にも通じるという。)
 6つ 無病息災に
 7つ 何事無きように
 8つ 屋敷を広めたり
 9つ ここらへ蔵を立て
10で 徳利納めたり
進穣祝え 進穣祝え !

【広島県安芸郡 海田地区】
亥の子 亥の子 亥の子餅ついて
祝わんものは 鬼産め 蛇産め
角のはえた子産め
やっさの尻を 
煮え湯で焚いて また湯で焚いて
これのこれの ~さん(亥の子餅をつく家の長男等)に嫁をとって(~さんが女性の場合は婿)
繁盛せえ 繁盛せえ 

愛媛県
【愛媛県宇和島市・高光地区】※地区毎に歌詞とメロディが微妙に変わる
とくのもり いのこのうた
いわいましょー  いわいましょー
おおだいこーくの のーにーは
いーちから ふんまいて
にーで にっこり わらいかけ
さーんで さ-けを つ-くって
よーっつ よのなか よいように
いーつつ いつもの ごうとくに
むーっつ むびょう そくさいに
なーなつ なにごと ないように
やーっつ やしきを ひろめたて
ここのつ こくらを たておいて
とーで とって お-さめた
ふね~ ふね~

いちでー いちがた あつもりさまよ
にではー おえどの かんのんさまよ
さんでー さぬきの こんぴらさまよ
しではー しなのの ぜんこうじさまよ
いつつー いずもの おやしろさまよ
むっつー むはなの ろくじぞうさまよ
ななつー なーらの だいぶつさまよ
やっつー やはたの はちまんさまよ
ここでー ここのつ こうぼうだいし
とではー ところの うじがみさまよ
あ~よほい よほい よいやな
あれわいな これわいな
よいやっせ ふね~ ふね~

【愛媛県伊予市・旧南山崎村地区】
亥の子 亥の子 小鬼さんの亥の子
亥の子餅搗いて 祝わん者は
鬼か蛇(じゃ)か 角の生えた子産め
お亥の子さんという人は
一から ふりまいて
二で にっこり笑ろて
三で 酒造って
四で 世の中良いように
五つ いつものごとくなり
六つ 無病息災に
七つ 何事ないように
八つ 屋敷を広げ建て
九つ 小倉を建て並べ
十で とうとう収まった

【愛媛県伊予市・大平武領地区】
(昭和一ケタ生まれの人から聞きましたが現在の歌詞は少し変わっているようです)
亥の子 亥の子 こいさんの亥の子
亥の子餅ついて 祝おうじゃないか
お亥の子さんという人は
一で 俵ふまえて
二で にっこり笑ろて
三で 酒造って
四つ 世の中良いように
五つ いつものごとくなり
六つ 無病息災に
七つ 何事ないように
八つ 屋敷を広げ建て
九つ 小倉を建て並べ
十で とうとうおさまった
エットー エットー エットーヤー

【愛媛県宇和島市・白浜地区】
祝い申す

ひとつどんどん祝いましょ御大黒のお庭では
一つ俵ふん撒いて
二でにっこり笑ろて
三で酒を造って
四つ世の中良いように
五ついつもの如くに
六つ無病息災に
七つ何事ないように
八つ屋敷を広め建て
九つ小倉を建て並べ
十で盗って治めた

一は一ノ谷敦盛(あつもり)様よな
二はにわかの観音様よな
三は讃岐の金比羅様よな
四は信濃の善光寺様よな
五つ出雲の大社(おおやしろ)様よな
六つむはかのお地蔵様よな
七つ浪速の天神様よな
八つ八幡の八幡様よな
九(ここ)で高野の弘法大師な
十でところの氏神様よな

一つ拾た豆得(徳)のいかんことがない
二つ踏んだ豆・・・がない
三つ味噌豆・・・がない
四つ選った豆傷があったことがない
五つ煎った豆片平焦げんことがない
六つ蒸した豆・・・がない
七つ成った豆・・・がない
八つ焼いた豆・・・がない
九(ここ)で買うた豆・・・がない
十で飛んだ豆そこらの近所おられんぞ

弁慶が弁慶が鎧の麓に登りたて麓の道で日が暮れて
火を灯せ火を灯せ灯せど灯せど真っ赤な明かりはないけれど
わしの弟の千松(せんまつ)はまだまだ十三ならんけど
弓の矢を肩に掛け黄金(こがね)の太刀を腰に差し
斬っちゃれ斬っちゃれ斬り斬り口はどこどこぞ
兜のめっこうゆいだれ口まで斬りつけた
よう斬ったよう斬ったおうかんどうに誉められて
おうかんどうの魚には切ってしもて
皿に盛って冷ましてさあさあおうがいやのごとごと
殿様の殿様の殿様お山の楠木を
お船に造って押し出して海の中で櫓(ろ)が折れて
櫂(かい)で押すにも櫂がなし根太(ねだ)で押すにも根太がなし
子牛の一頭引き抜いて艫(とも)から二番に漕ぎ着けたの押し付けた
千秋楽だ萬歳楽だ
千秋楽だ萬歳楽だ
上手(かみて)の人が下手(しもて)に下がって
下手の人が上手に上がって
恵比寿来い大黒来い福の神が舞い込んだ
ぼうほんいえ

【愛媛県西予市三瓶町・下泊地区の一部】
祝います
ごーざった ごーざった
おお大黒という人は
天竺の人なれど
一が俵ふんまいて
二でにっこり笑て
三で作つくって
四つ世の中よいよいに
五ついつものごとくなれ
六つ無病息災に
七つなにごとないように
八つ屋敷を広めたて
九つここらに蔵を建て
十でところを治めたて
えーんえーんえんしこな
をーほいえーえんとこなやえんとこな

をーほいえ
おいでたな おいでたな
おいべっさんがおいでたな
大黒様をひきつれて
錦の袋を肩にかけ
金銀しょうせんばーらばら
ここらのお家は繁盛する
をーほいえ

【愛媛県今治市伯方町・木浦地区】
おいのこさんという人は
一からふんばって
二でにっこり笑ろーて
三でさかずき指し王手
四つ世の中良いように
五ついつもの如くなり
六つ無病息災に
七つ何事ないように
八つ屋敷を広げて
九つここらで倉を建て
十でとうとうむーにゃーげー

このいや(家は)ぐうべんしゃ(金持ち)
はんじょうせ はんじょうせ
もっとはんじょうするように
もっとはんじょうするように

【愛媛県松野町松丸地区】

祝いましょう 祝いましょう

お亥の子さんのお庭
一に 俵ふんまいて
二で にっこり笑ろて
三で 酒造って
四で 世の中良いように
五つ いつものごとくに
六つ 無病息災に
七つ 何事ないように
八つ 屋敷を広げ建て
九つ 小倉を打ち建てて
十で とっておさめた
あら よーいよい

鶯は 鶯は
初めて都へ上る時
一夜の宿も借りかねて
梅の木小枝に昼寝した 昼寝した
※梅の木小枝※に何を見た
春咲く花を夢に見た
あら よーいよい

【愛媛県松山市城北地区の一部】

おいべっさんという人は、
一で 俵(を)踏んばって
二で にっこり笑ろて
三で 酒造って
四つ 世の中良いように
五つ いつものごとくなり
六つ 無病の息災に
七つ 何事ないように
八つ 屋敷を建て広げ
九つ 小倉を建て並べ
十で とうとう納まった
この家 繁盛せぃ! この家 繁盛せぃ!!

補足
・田んぼの「稲わら」を集めて、紐やロープで縛り「こん棒」のようにした物を子供たち(小学生から中学生の男子)各人が持ち、「この家 繁盛せぃ!」の部分を繰り返し唄い玄関前の地面に「こん棒」をたたきつけ、来訪を受けた家から小遣い銭をもらう。
・おいべっさんとは、恵比寿さんのこと
・こん棒の稲わらが散乱するのは、吉兆ともいわれ、翌朝まで残しておく
・夜6時ぐらいから9時ぐらいにかけて子供たちは町内を巡回する
・俵を踏むとは、足の指の横皺(よこさび、しわのこと)が3本入っていることをいい、食べ物に困らない意

亥の子 – Wikipedia

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3 Comments

  1. 広島の亥の子のことが書いてあり、懐かしく拝見させていただきました。とても素敵な記事ばかりですね。

    • yousakana

      ありがとうございます。四国や瀬戸内の文化や美しい風景を記録しております。

  2. 中津靖孝

    オオイノコ…をギネスブックにのせたい

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