100万人のキャンドルナイト実行委員会


増上寺 2003年6月22日


渋谷川 2003年6月22日


表参道スターバックス 2004年6月21日


キャットストリート 2004年12月21日


大阪・梅田 2006年12月21日


名古屋・栄 2006年12月21日


神奈川・大船観音 2007年6月21日


辻信一、藤田和芳、竹村真一、マエキタミヤコ、枝廣淳子
このひとたちが、最初にでんきを消そう、と思いついた人たちでした


スローというキーワードを日本で広めた張本人。キャンドルナイトの言い出しっぺ


藤田さんは1969年、学生運動の最中、上智大学に立て籠もっていた。そんな団塊の世代を代表するような人


玉利くんに誘われて2003年から竹村さんのプロジェクトEarth Literacy Programに関わり、
キャンドルナイトにもそれがきっかけで関わるようになりました。


大手広告代理店に勤めながらも、NPOの広告を作っていたマエキタさん


旧来の環境運動のイメージに拠らないムーブメントのデザインを心がけた


「キャンドルナイト」だけだと固有名詞にならないので、100万人を付けることに


反原発、戦争反対、憲法九条等々、言いたいことはたくさんあるけれど、あえて何も書かず誰でも参加できるようにした。


当初、アースデイと一緒に開催という話もあったが、なるべく人間の都合で決められた日にはしたくなかった


環境省サイドも、自分たちだけが呼びかけたのでは、広まらないことを自覚していた。


環境省と合同制作したポスター。環境省が呼びかけて、火事が起こったらどうするんだ!
と言われ、名前を変えられてしまった
しかし、名前が違ってもやっていることは同じように見えればそれでいいのです


2003年6月21日 朝日新聞朝刊(中面両側見開き) NEC、環境省とのタイアップ広告


そして、初めて会議に参加したときに、見せられたのがこのウェブサイト


写真撮影からやり直しました。2003年は僕がメインビジュアルの撮影を担当。


2年目は、メインビジュアルに宮崎あおいさん登場


米軍基地の移転候補先である、辺野古の泡瀬干潟にて撮影。
写真は伊藤菜衣子(Saiko Camera)、アートディレクションは樋口賢太郎(すいせい)


2時間の間は、ウェブサイトもキャンドルナイト。コンテンツがなにもなくなります


坂本龍一さんのメッセージから、大きなインスピレーションをいただいたのでした


NASAが、2002年8月11日に宇宙空間から撮影した地球。全体が夜なのは、写真を繋ぎ合わせているため


100万人のキャンドルナイトに参加しようと思ったら、ケータイ電話のメールから郵便番号とメッセージを送ります


灯りが灯っているところに、より多くのメッセージが集まっています


最もエキサイティングだった11日間


いま、世界を羽ばたく雲の上の人になってしまったけれど、会社設立の前年に開発をお願いしたのでした


近所でやっているイベントを見に行きたい


イベントを主催する人なら、団体でも個人でも自由に登録できるようになっています


2006年に、丁度ウェブ2.0とか言われていた頃、はじめてGoogleMapを導入しました


candlescapeにメッセージを送信して、それが次の誰かに届くと、届いた先の誰かからリレーのメールが届きます


みんなの二時間を見てみたいと思って作りました


クリエイティブ・コモンズや、オープンソースといった考え方を広めるためにも(CC)マークを付けています


2004年になって、まずはGREEにコミュニティが立ち上がり、そしてmixiにも。
重要な点は、これらは誰かが自発的にはじめたことだということです。


最近はもちろんTwitterです。このサイトは慶應大学の1年生が自発的にチームをつくって運営しています


あまり数字的なことは言っても仕方がないのですが、
相当な数のパブリシティ効果がありました。金額にすると○○億円相当だとか(電通調べ)


・大前提としてネガティブキャンペーンでは無いこと
・みんなで一斉に電気を消して、代わりにキャンドルを灯すというシンプルなコンセプト
・メジャー感。環境省による全国一斉ライトダウン。行政と連動して行うことの重要性
・自発的な参加を促す。ポスター、ローソクなどの配布によるイベントサポート
・ひとりひとりの繋がりをつくる。可視化などの、ボトムアップの繋がりづくり


時間や時刻という概念は、たった100年とちょっとの間に出来た既成概念にすぎない

Powerpoint by @tamachangg

参考:
100万人のキャンドルナイトのムーブメントの仕組みについて – tamalog