高松市東部、牟礼町と庵治町の境にそびえる五剣山(ごけんざん)は、古くから信仰の山として、また世界に誇る銘石「庵治石(あじいし)」の産地として知られています。標高375mの山頂は、かつて五本の剣が天に向かって立つように見えたことから「五剣山」と呼ばれるようになったと伝えられています。1707年(宝永4年)の宝永地震によって峰の一つが崩れ、現在の四つの峰が連なる姿になりました。

庵治石の採石の歴史は古く、平安時代にまでさかのぼるとされ、江戸時代には高松藩の御用石材として利用されました。高松城の石垣などにも使われ、城下町の形成を支える重要な資源となりました。石とともに生きる町。五剣山の麓には、採石場、石材加工場、石工の工房が集まり、採掘から加工まで一貫した「石の産業文化」が受け継がれています。長い年月をかけて磨かれてきた石工の技術は、現在も地域の誇りとして守られています。

また、世界的な彫刻家であるイサム・ノグチや流政之も、この地の石と職人の技に魅了され、牟礼・庵治に制作拠点を構えました。庵治石は単なる石材ではなく、自然の造形と人の技が出会う芸術の素材として世界的な評価を受けています。五剣山は、信仰の山であると同時に、瀬戸内の大地が生んだ石と、人々の手仕事によって育まれた文化の山です。そこには、自然資源を活かしながら暮らしてきた讃岐の人々の知恵と、世代を超えて受け継がれる「石の物語」が刻まれています。

2013/07/20撮影


世界に知られる銘石「庵治石」。五剣山の西側から採掘される花崗岩は「庵治石」と呼ばれ、日本を代表する高級石材です。きめ細かく均質な石質、硬さ、磨き上げた際に現れる独特の「斑(ふ)」と呼ばれる模様が特徴で、墓石や灯籠、建築材、彫刻作品など幅広く利用されてきました。特に細目(こまめ)の庵治石は最高級品として珍重されています。

2016/11撮影

庵治沖の海苔養殖の風景

2018/08撮影

第85番札所 五剣山観自在院 八栗寺。五剣山の中腹には、四国八十八箇所霊場第85番札所である八栗寺があり、弘法大師空海ゆかりの霊場として多くの人々の信仰を集めてきました。地域の人々からは現在でも「八栗山」と呼ばれることがあります。

2019/05撮影

2022/11/25撮影

2025/04/03撮影

2016年5月撮影

春の讃岐平野。田植えがはじまっています。
I took photographs spring landscape of Sanuki plains. It is the rice‐planting season.

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溜池と五剣山。

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田植えがはじまっています。

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針槐(はりえんじゅ/ニセアカシア)

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夕暮れ時の瀬戸内海。漁船が漁に出発しているのが見えます。

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屋島と女木島が重なるポイント