不可視化


興味があるのは可視化ではない。
蟒蛇(うわばみ)の中の像がみえたら面白くないし
行間が書いてある小説ほどつまらないものはない。
むしろ見えていたはずのものが見えなくなる。
その時 あたりまえがあたりまえでなくなる。
その時 皆の思考の解像度が増す。

やや不可視化


どらえもんにモザイク処理する。
彼だとギリギリわかる際までモザイク処理。
思考の解像度が増す。
彼はなにやら道具をだす。
てけててん♪「○△□○△□♪(放送禁止用語)」
さらに思考の解像度が増す。
皆思うだろう。
『いったい彼は何を不思議なポッケから取り出したのだろう』
そうした可視化と不可視化の際。
見え隠れする間。そこに興味がある。

資料 : 100万人のキャンドルナイトのムーブメントの仕組みについて – Concept of Candle Night summer/winter solstice


100万人のキャンドルナイト実行委員会


増上寺 2003年6月22日


渋谷川 2003年6月22日


表参道スターバックス 2004年6月21日


キャットストリート 2004年12月21日


大阪・梅田 2006年12月21日


名古屋・栄 2006年12月21日


神奈川・大船観音 2007年6月21日


辻信一、藤田和芳、竹村真一、マエキタミヤコ、枝廣淳子
このひとたちが、最初にでんきを消そう、と思いついた人たちでした


スローというキーワードを日本で広めた張本人。キャンドルナイトの言い出しっぺ


藤田さんは1969年、学生運動の最中、上智大学に立て籠もっていた。そんな団塊の世代を代表するような人


玉利くんに誘われて2003年から竹村さんのプロジェクトEarth Literacy Programに関わり、
キャンドルナイトにもそれがきっかけで関わるようになりました。


大手広告代理店に勤めながらも、NPOの広告を作っていたマエキタさん


旧来の環境運動のイメージに拠らないムーブメントのデザインを心がけた


「キャンドルナイト」だけだと固有名詞にならないので、100万人を付けることに


反原発、戦争反対、憲法九条等々、言いたいことはたくさんあるけれど、あえて何も書かず誰でも参加できるようにした。


当初、アースデイと一緒に開催という話もあったが、なるべく人間の都合で決められた日にはしたくなかった


環境省サイドも、自分たちだけが呼びかけたのでは、広まらないことを自覚していた。


環境省と合同制作したポスター。環境省が呼びかけて、火事が起こったらどうするんだ!
と言われ、名前を変えられてしまった
しかし、名前が違ってもやっていることは同じように見えればそれでいいのです


2003年6月21日 朝日新聞朝刊(中面両側見開き) NEC、環境省とのタイアップ広告


そして、初めて会議に参加したときに、見せられたのがこのウェブサイト


写真撮影からやり直しました。2003年は僕がメインビジュアルの撮影を担当。


2年目は、メインビジュアルに宮崎あおいさん登場


米軍基地の移転候補先である、辺野古の泡瀬干潟にて撮影。
写真は伊藤菜衣子(Saiko Camera)、アートディレクションは樋口賢太郎(すいせい)


2時間の間は、ウェブサイトもキャンドルナイト。コンテンツがなにもなくなります


坂本龍一さんのメッセージから、大きなインスピレーションをいただいたのでした


NASAが、2002年8月11日に宇宙空間から撮影した地球。全体が夜なのは、写真を繋ぎ合わせているため


100万人のキャンドルナイトに参加しようと思ったら、ケータイ電話のメールから郵便番号とメッセージを送ります


灯りが灯っているところに、より多くのメッセージが集まっています


最もエキサイティングだった11日間


いま、世界を羽ばたく雲の上の人になってしまったけれど、会社設立の前年に開発をお願いしたのでした


近所でやっているイベントを見に行きたい


イベントを主催する人なら、団体でも個人でも自由に登録できるようになっています


2006年に、丁度ウェブ2.0とか言われていた頃、はじめてGoogleMapを導入しました


candlescapeにメッセージを送信して、それが次の誰かに届くと、届いた先の誰かからリレーのメールが届きます


みんなの二時間を見てみたいと思って作りました


クリエイティブ・コモンズや、オープンソースといった考え方を広めるためにも(CC)マークを付けています


2004年になって、まずはGREEにコミュニティが立ち上がり、そしてmixiにも。
重要な点は、これらは誰かが自発的にはじめたことだということです。


最近はもちろんTwitterです。このサイトは慶應大学の1年生が自発的にチームをつくって運営しています


あまり数字的なことは言っても仕方がないのですが、
相当な数のパブリシティ効果がありました。金額にすると○○億円相当だとか(電通調べ)


・大前提としてネガティブキャンペーンでは無いこと
・みんなで一斉に電気を消して、代わりにキャンドルを灯すというシンプルなコンセプト
・メジャー感。環境省による全国一斉ライトダウン。行政と連動して行うことの重要性
・自発的な参加を促す。ポスター、ローソクなどの配布によるイベントサポート
・ひとりひとりの繋がりをつくる。可視化などの、ボトムアップの繋がりづくり


時間や時刻という概念は、たった100年とちょっとの間に出来た既成概念にすぎない

Powerpoint by @tamachangg

参考:
100万人のキャンドルナイトのムーブメントの仕組みについて – tamalog

100万人のキャンドルナイト – Candle Night summer/winter solstice

 http://candle-night.org

グッドデザイン賞 新領域デザイン部門 受賞


増上寺でのキャンドルナイトのカウントダウン・イベント。忌野清志郎さんのライブが行われました。
忌野清志郎さんの呼びかけ文「やってみようじゃないか。おもしろい夜になりそうだぜ。BABY。」

100万人のキャンドルナイト – Candle Night summer/winter solstice

 日程:毎年、夏至と冬至
 受 賞:グッドデザイン賞 2004 新領域部門 受賞

毎年、夏至・冬至に世界各地からの参加者を募る市民主導型のイベント。2003年の夏至にはじめて開催され、2004年の夏至には、全国6065ヶ所の施設が消灯し、日本全国で650万人(推計)が参加したとの環境省の発表もあり、3日間にわたり各地でさまざまなキャンドルナイトが演出された。

Candle Night is the event produced by various people in the world at every summer/winter solstice. It was held for the first time in the summer solstice of 2003. According to environment ministry’s report, 6065 facilities turned off their light, and 6.5 million people (estimate) participated at the summer solstice of 2004. And various candle nights were produced for three days in various places.

夜間飛行 ポピュラスケープ PopulouSCAPE

世界3,800都市の人口を美しい映像として可視化した映像作品。
サン=テグジュペリの「人間の土地」に着想を得た10分間の夜間飛行です。
僕は、森美術館で展示したオリジナルバージョンの制作を担当しました。

国連のHABITAT (人間居住計画)が所有している3,800都市の人口統計データを
3DCGの地球儀上にマッピングした映像作品。監修は建築家の太田浩史さんと南泰裕さん。
六本木ヒルズのオープニング展覧会「世界都市~都市は世界へ~」にて映像を展示。
50万人以上の来場者を記録しました。


六本木ヒルズ 森美術館 第一回展覧会 「世界都市展示」に映像を出展

Population Scape
night flight over an urbanizing world

Collaborative project with the Tokyo University
System design and Graphic design
2003

Contribution: System design and Graphic design
Dates: April-June 2006
Exhibition: MORI ART MUSEUM opening exhibition, April -September 2003
Publication: “Compact City Study”, 10+1 Compact City Study No.31″, INAX Publication
Client: MORI BUILDING CO., LTD
Direction: Hiroshi Ota and Yasuhiro Minami (Architects)

The movie work which visualizes the population distribution of the city, based on the 3,800 city data of the habitat (United Nations human-being habitation plan). It was displayed at the exhibition in Roppongi Hills which recorded more than 500,000. After that, it was cited on the architectural magazine 10+1 as world urban research.

PopulouSCAPE|ポピュラスケープとは、世界地図の上 を夜間飛行する10分のムービー。
地図上に可視化された人口ビルにより、世界の都市人口が直感的に 把握可能である。
美しい映像と音楽が、見る者の心に語りかける。

PopulouSCAPE is the 10 minutes movie showing the distribution of world urban population as city nightscapes.

The night flight over the cityscape starts from Asia and ends at North America, accompanied with original music with four dramatic movements.

With the visualization of population growth, the network of international flights and roads, or internet linkages, we will see our cities in PopulouSCAPE, to discover our urbanizing world.

10+1 (No.31(2003))
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PopulouSCAPE -NIGHT FLIGHT OVER AN URBANIZING WORLD- [DVD]
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参考:
PopulouSCAPE | ポピュラスケープ
Populou SCAPE の動画検索結果

六本木ヒルズ・Roppngi Hills:「パワー・オブ・シティ」展の見どころ
六本木ヒルズ オープニング展覧会「世界都市~都市は世界へ~」
六本木ヒルズ「世界都市展」レポート

展示プロデュース: 第一回 慶應義塾大学SFC卒業制作展 – Keio University SFC Exhibition for Graduate 2003

大学四年生の時に、それまで大学になかった卒業制作展をゼロからプロジェクトを立ち上げ企画。
慶応義塾大学SFCにはデザインやアート系の授業があるにも関わらずこれまで卒業制作展というものがなかったので、
学生個人の発表の場としてその必要性に賛同してくれた有志によって運営し、
大学側からのサポートも得ることで実現することができました。

第一回 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス卒業制作展 – Keio University Shonan Fujisawa Campus

日程:2003年02月25日(火)~27(木)
場所:横浜赤レンガ倉庫2F

慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスには、建築やプロダクトデザインなどモノをつくる授業や研究室がいくつもある。それにも関わらず、通常の美術大学なら必ずある卒業制作展がこれまで存在しなかった。学部四年生の集大成を発表する場としての展覧会。その第一回目となる慶應義塾大学の卒業制作展を横浜の赤レンガ倉庫で企画したもの。

There are many lessons and laboratories which create something (Architecture, Product design and etc.) in Shonan Fujisawa Campus of Keio University. In spite of that, if it was the usual fine-arts university, the exhibition for graduate did not exist until now. The exhibition for final project of undergraduate as a compilation. I produced the exhibition at the first time of this campus in the Red Brick Warehouse in Yokohama.

参考:SFC 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス

下北沢 小田急線地下化後の駅舎・緑道設計 – Proposal of landscape design after burying Shimokitazawa station

大学卒業制作として行った下北沢の都市研究と、それによって導き出した「下北沢らしさ」を
小田急線地下化後の駅舎と緑道計画に応用するという提案。
下北沢の道の使われ方を類型化し、そこから広場空間の設計を行いました。

Ground design above subway station
Proposal of landscape design after burying Shimokitazawa station

Place: Shimokitazawa, Tokyo, Japan
Dates: April 2002-present
Instruction: Prof. Mikiko Ishikawa, Keio University
Prof. Takeshi Goto, Keio UniversityGround design above subway station

Proposal of landscape design after burying Shimokitazawa station
Final under graduation project
2002-2003

This work is a final project which I started as project of university, and I proposed the open space plan after burying the Odakyu Lines. Shimokitazawa wasn’t told from a viewpoint of architecture or city planning, and there was no large-scale development by large capital until now. In spite of that, Shimokitazawa is so crowded as a shopping town that 132,404 people get on and off in a day. I designed the open space connected to the 2.3km-long greenway, and analyzed the elements of Shimokitazawa-likeness and prosperity.

Odakyu Line was opened for traffic in 1927, Inokashira Line in 1933.Then some building began to be seen around Shimokitazawa station. This photograph is an aerial photograph from the above of Shimokitazawa in 1947. Although it was right after the war, we can see many buildings remaining around the station. That means Shimokitazawa was hardly influenced by the war. For this reason, in Shimokitazawa, various types of buildings in the 20th century, like the market of the tin roof which is the vestiges of the black market after the war, exist blended together in city blocks saved from prewar.