文脈の評価



その時、文脈(コンテクスト)の評価が問題になる。
場所の持っている特性の評価が今の時代では価値を見出せないことでも、
後々、50年~100年たった時に価値が再認識されることはしばしばある。
丸の内の赤レンガ街、辻堂の駅前の倉庫郡、都市河川、
再開発のために一掃してしまったそれらの価値に気がつかずに、
コンテクストなんてなにもないと判断し、歴史や文化を一掃して
新たなコンテンツをコンテクストとして植えつける。
うーん、それにしても悔やまれるのは辻堂駅前の倉庫郡を生かして
ちゃんと文化的価値や商業価値を見出せただろうに。もったいない。
極論を言えば、電柱のある風景だって、高架の高速道路がある風景だって、
いまもし全部地下化してしまったら、
100年後には、なんであの頃、全部地下化しちゃったんだろうね。
なんて話になる可能性は十分にある。
都市計画そのものは”郷愁”という感情とは無関係に行われるけど、
生活している人たちにとってはこの普遍性のないノスタルジーがもっと近くにある感覚。
時代と共に移り行くことがこの根本にはあるのかな。
参考:藤沢市ホームページ|辻堂駅前土地区画整理事業 (藤沢市役所) [Link]


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です