墨堤の桜 [Link]硬骨の都市プランナー (東京新聞)



ちょっと季節がづれますが、
墨堤の桜と高架高速道路に関して、気になった東京新聞の記事をメモ。
 > 「春のうららの隅田川」と歌われ、東京人に愛されてきた「墨堤」。
 > そこに女王の華やかさを誇ってきた堤防の桜並木が引っ越しを始めた。
 > 高速道路に“道”を譲るためである。相手が高度産業時代のチャンピオンとはいえ、
 > 東京は古里の味をまた一つ失ってゆく-。
 > 一九六七年二月二十三日付の東京新聞。隅田公園の桜二百六十本が、
 > 首都高速6号線建設のため東京都台東区の谷中霊園などに移植されるニュースを、こう伝えた。
中略
 > <メモ>墨堤の桜と隅田公園
 > 八代将軍徳川吉宗の命で享保年間(1716-36年)に植えたのが始まりとされる。
 > 長命寺門前で「桜餅(もち)」が売られ始めた1774年には「向島の桜」として知れ渡り、
 > 地元の有志や有力者、為政者らがさらに植栽した。
 > 1923年の関東大震災でほとんど消滅したが、31年の隅田公園の完成で復活。
 > 同公園は隅田川の両岸を挟んだ地域の約19ヘクタールで、
 > 本所側には「約1180メートルの並木道路の車道一条、歩道二条、河岸沿いの遊歩道一条を通し、
 > 各条間には芝生帯を設けてソメイヨシノ約400本を並木式に植栽した」(墨東外史すみだ)。
 > 首都高開通の前年の70年、公団が補償工事として岸に盛り土をして約1キロ、
 > 2列にソメイヨシノ200本を植栽。これらが現在の墨堤の桜だ。


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