仕上げ [Link]藤森照信展



藤森さんの展示会にてメモした言葉。
路上観察が趣味ということもあって藤森さんに興味あったのですが、
この文章を読んで、建築に対する考え方にもとても共感しました。
特に僕の場合は、いまのところ空間をつくる仕事は
舞台美術の経験のほうが多く、その考え方がベースにあることもあって、
素材の選択やその仕上げの重要度は高いんです。
素材のスタディとか表面加工の実験とかみているとわくわくします。
 > 建築で一番大切なものは何かと問われれば
 > たいていの建築家は平面と構造とか或いは思想とか答えるだろう。
 > 私はちがい、小さい声でシアゲと答える。
 > 現在、建築は、次の順で作られる。
 > まずコンセプトを立て、次にプログラムを方向付け、
 > 平面を固め、構造を組み形を決め、そして最後に仕上げを選ぶ。
 > コンペの場合などはもっと徹底していて、
 > 形を決めたところで力尽き、仕上げは触れない事がほとんど。
 > でも、人は冷静に考えてみれば分かるが
 > 建築の仕上げしかみることはできないのだ。
 > 鉄骨を見ているつもりでも、本当に網膜に写っているのは
 > 鉄骨の形をしたペンキに過ぎないし
 > 打ち放しコンクリートだって実は型枠の目地とテクスチャーが見えている。
 > 私の建築のテーマは、これは処女作の時、
 > 石山修武から指摘されたのだが、
 > “山川草木ことごとくみな響あり”
 > 状態の中に建築も入れてもらうことにある、
 > とすると、いきおい山川草木と響きあうような
 > 仕上げを探さなければならないが
 > 20世紀の建築家でそのようなことをした人はいなかった。
 > いないから、自分でトボトボと歩いて探すしかなかった。
 > そして拾い集めたのがこれら仕上げなのである。
参考:藤森建築と路上観察 (sakana no makimono) [Link]


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