ロッテルダム国際建築ビエンナーレ 水都のアルバム [Link]



実行委員、寺田さんがやってるんだ。面白そう。
ロッテルダムの展示、見に行きたい。見逃したら江戸東京博物館[Link]で。
写真はアムステルダムにて [Link] (2003年10月05日撮影)

> 5月にオランダで始まる建築界の祭典「ロッテルダム国際建築ビエンナーレ」で、
> 「東京湾」の“水辺”が紹介されることになった。
> 日本の建築家や都市計画の専門家らでつくる同祭典の
> 「東京湾」展実行委員会が今、準備を進めている。
> 展示では「水害」を共通テーマに設定。
> 世界的に有名な水辺の都市であるアムステルダム、
> ベネチアに東京を加えた3都市が比較され、
> 水辺の都市防災のあり方も探っていく。
> 1年後には、江戸東京博物館でも発表される。

> 「ロッテルダムの建築博物館から依頼されました。
> 意義深いし、東京の未来を描くマスタープランの土台になればと考えています」
> 実行委員長で、法政大学工学部の陣内秀信教授は張り切っている。

> 実行委員の一人で建築ジャーナリストの寺田真理子さんは
> 「オランダは建築や都市デザインの研究では最先端。
> 特に、ロッテルダムは、第二次大戦で破壊され、
> 新しく再生した都市ということもあって、
> 近代建築学を育てようとしているのです」と背景を話す。

> 今回、比較対象の水都として選ばれた中で、
> オランダの首都アムステルダムは干拓でできた街。
> 運河がいたるところにある。一方、イタリアのベネチアも、
> よく知られる通り水路が網の目のように走る街。
> これに対して東京は、東京湾を擁し、実は運河の街。
> 運河については高速道路の下に隠れている部分が多いので見落としがちだが、
> 東京は水を最大限利用しながら発展してきた。

> 陣内教授は「徳川家康は、江戸開府にあたって、物資輸送に水路を利用した。
> 埋め立ても、そのころから始まっていた。
> 近代に入り、輸送は陸に移り、昭和三十年代の高度成長期には、
> 建設しやすかったので、高速道路を水路の上に作ったのです」と解説する。

> 展示は、写真や浮世絵、映像やスライド、
> 地図や模型などをフル活用。「水害と河川整備」
> 「埋め立てと近代運河の成立」「水際のデザイン」など
> 八項目で水都・東京の姿を浮かびあがらせる。

> オランダの街は海抜が低く、水害との戦いの歴史がある。
> ベネチアも、大潮や気圧の関係で水位が上がるため、
> 過去には数千人単位で犠牲者が出たこともあるという。

> 一方、東京は現在の江東区や墨田区のあたりが武蔵野台地と
> 下総台地の間に広がる低湿地に形成された。
> そのため洪水が多く、地域によっては人が住める状態ではなかったのだという。

> 「丸の内、霞が関付近の浅い海は、神田山を切り崩して埋めた。
> 利根川の位置を動かし、神田川下流を人工的に掘った。
> 荒川放水路は、大正時代に掘られたもの。
> すべて水害から守るためだったんです。
> 徐々に水路のネットワークを作っていった」(陣内教授)

> 東京新聞[Link]より 文・吉岡逸夫

参考:ロッテルダム国際建築ビエンナーレ[Link]


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