ホテル・ルワンダ – Hotel Rwanda



ホテル・ルワンダ [Link]

最近、大学のライブラリーで改めて
ホテル・ルワンダをみました。
やっぱりすごい映画だなと思います。
そして、この映画がはじめ日本では公開が危ぶまれたという事実こそが、
この映画が描こうとしている虐殺や紛争に対する
社会の無関心を露呈している。
いま僕がこうしてロンドンにいるだけでも、
日本の国内で知りうる情報とロンドンにいて得られる情報の格差、
日本という島国的な性質に気がつきます。
それでもイギリスと日本という資本主義社会の先進国
を行き来してもそれほど落差はないはず。
アフリカやイスラム文化と僕らがこれまで見てきた世界との落差は
想像するだけでもものすごい落差があります。
中沢新一がおっしゃるところの、「圧倒的な非対称」が
そこにはある。
それが、ここ最近、砂漠とかユダヤが気になっている
理由のひとつでもあるのです。
 > ホテル・ルワンダ(Hotel Rwanda)は2004年に制作された映画。
 > テリー・ジョージ(Terry George)監督、
 > イギリス・イタリア・南アフリカ共和国合作。
 > 撮影はほとんど南アフリカにて行われた。
 > 1994年アフリカ中部にあるルワンダで、
 > ツチ族とフツ族の民族対立による武力衝突「ルワンダ紛争」が勃発した。
 > フツ族過激派がツチ族やフツ族の穏健派を120万人以上虐殺するという状況の中、
 > 1200名以上を自分が働いていたホテルに匿ったホテルマン、
 > ポール・ルセサバギナ(Paul Rusesabagina)の実話を基にした物語である。
 > この映画は一人の男の英雄的な行動をたどるとともに、
 > ルワンダの旧宗主国ベルギーによる人種分別政策や、
 > 虐殺に対する国際社会の無関心を強く批判する作りになっている。
 > 特に国連やアメリカ合衆国(そのころはソマリア内戦介入のトラブルで
 > 苦境にさらされていた)が有効な介入をしなかったことが追及されている。
 > フツ族の過激派はツチ族反乱軍によって排除されるまでの
 > およそ百日間に約八十万人の人々を殺害した。
 > 映画の最後に映し出される文章によってフツ族の将軍など
 > 虐殺の指導者たちが裁かれたことが示される。
 ストーリー
 > フツ族の過激派が巻き起こした混乱状態の中で、
 > ポールはまず自分の家族を救うことだけを考えた。
 > しかし虐殺が始まったことを知り、その重大さに気がついた彼は
 > ホテルにツチ族やフツ族の難民をともに受け入れることを決断する。
 > 無力ながらも踏みとどまり続ける国連軍や有名ホテルとしてのステータスを盾に
 > 人々を過激派からかばい続ける一方で、
 > ホテルの支配人として培った人間関係を利用して
 > 彼は1268人の難民の命を救うことに成功する。
 > ルセサバギナ一家とホテルの難民たちが
 > ルワンダ愛国戦線の前線を越えて難民キャンプにたどり着き、
 > そこからタンザニアへと出発するところで映画は終わる。
 日本公開までの経緯
 > アカデミー賞やゴールデングローブ賞にノミネートされるなど、
 > 海外での評価は高かったが、日本においては当初、
 > どの配給会社も劇場も関心を示さなかった
 > (映画が暗い内容であったことと、ドン・チードルが
 > アカデミー賞にノミネートされるなど、配給権の値段が高騰した)ため、
 > 未公開になるかと思われた。
 > しかし、一部の映画評論家やファンの呼びかけにより署名運動が始まり、
 > その運動が実り、メディアスーツ配給で2006年1月14日から
 > 東京・渋谷のシアターNを初めとして関東各地の映画館でも公開された。
 > 東京以外の都市でもその後順次公開された。
  
参考:
ホテル・ルワンダ – Wikipedia [Link]
ルワンダ紛争 – Wikipedia [Link]
ホテル・ルワンダ 映画 [Link]
超映画批評『ホテル・ルワンダ』95点(100点満点中) [Link]
『ホテル・ルワンダ』なんか何の役にも立たない! この人を見よ [Link]


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