江戸時代から続くところてん屋 八十八名物 清水屋 Tokoroten (gelidium jelly) tea house from Edo

Posted on 7月 9, 2014 in , タグ:



香川県坂出市、四国霊場第79番札所 天皇寺、
悪魚退治伝説に登場する命の霊泉が湧く八十場(やそば)という地域に
江戸時代から続くところてんのお茶屋があります。

天皇寺の「天皇」という名は崇徳上皇に由来しています。
保元の乱で破れ讃岐国阿野郡西庄村に配流となり1164年に死去しました。
京から上皇の処遇についての返事を待つ間、
上皇の遺骸に冷たい八十場霊泉をかけ続けたところ、
顔がまるで生きているかのように保たれたのだそうです。

そのことから、お寺を「天皇さん」「天皇寺」、
この地を「天皇」と呼ぶようになったそうです。
しかし、さすがにそれは恐れ多いと霊泉から名前をとり「八十場(やそば)」と
呼ぶようになったそうです。

そんな由緒ある霊泉が湧く土地で、
230年以上もお遍路さんたちの疲れを癒してきた
ところてんを食べに足を運んでみてはいかがでしょうか。


The tea-house Shimizuya has fascinated many Henro travelers over the years. They opened tokoroten tea house at Edo period. It is located near Tennoji temple which is 79 hallow ground. Tokoroten is a dish in Japanese cuisine made from jelly extracted from seaweeds such as tengusa (Gelidiaceae) and ogonori (Gracilaria) by boiling. Pressed against a device, jelly is shaped into noodles.




悪魚退治伝説に登場する命の湧き水。






八十場名物ところてん 酢醤油からし
くずもち風 ところてん きなこ・黒蜜
尾張風 ところてん さとう酢醤油
浪速風 ところてん 甘い黒蜜



注文すると目の前で、水槽のなかにあるところてんの固まりを
天突きという木製の器具で押し出して細い麺場にしてくれます。
この調理場、きっと外国の人がみたら面白いでしょうね。













230年以上も前からお遍路さんの疲れを癒してきたのでしょうね。

清水屋 (きよみずや)
場所:香川県坂出市西庄町759-1
時間:9:00頃~夕暮れまで (夏場は18:00まで)
電話:0877-46-1505
定休:3月中旬~11月は無休 (10月第二日曜日より祝日・日曜日は定休) / 12月~3月中旬までは店休

Kiyomizuya
Place : 759-1 Nishinosho town, Sakaide city, Kagawa pref., Japan
Time : 9:00-evening (Summer until 18:00)
Tel : 0877-46-1505
Open : Middle of March – November
Close : December – Middle of March


参考:「悪魚退治伝説」にみる阿野郡沿岸地域と福江の重要性 – 乗松真也


天皇寺 (坂出市) – Wikipedia

伝承によれば、古代に南海の大魚を退治しに向かった讃留霊王ら88人の兵士が大魚に船を呑まれて倒れたとき、横潮明神が泉の水を持ってあらわれ、その水を兵士に飲ませた。すると、全員が命を吹き返して助かったという。それからこの泉は「八十場(やそば)の霊水」と呼ばれるようになったという。
その後空海(弘法大師)が八十場の泉を訪れたとき、十一面観音、阿弥陀如来、愛染明王の三尊像をつくって堂を建て安置し、また、薬師如来を刻んで安置して、泉を閼伽井としたのが起源であるという。当初は摩尼珠院妙成就寺(まにしゅいん みょうじょうじゅじ)と称したという。
寺号の「天皇」は崇徳上皇に因むものである。保元の乱で敗れた崇徳上皇は讃岐国阿野郡西庄村に配流となり、長寛2年(1164年)の旧暦8月26日に死去した。上皇の亡骸の処遇について京から返事の使者を待つあいだ、遺骸を天皇寺前身の妙成就寺に安置し、神人達が冷たい八十場霊泉をかけ続けたところ、21日間すぎたのちも上皇の顔はまるで生きているごとくだったという。やがて返事が届いて上皇は荼毘に付され、妙成就寺と並んで建てられた白峰宮に祀られた。このことから妙成就寺は「天皇寺」と呼ばれるようになり、白峰宮は「天皇さん」と愛称で親しまれるようになった。そして、このあたりを「天皇」という地名で呼ぶようになった。しかし、恐れ多いので「八十場の霊水」から名をとり、現在は「八十場」と呼んでいる。
摩尼珠院妙成就寺は、明治初年の神仏分離令によって廃寺となった。その後末寺の高照院が移転して七十九番札所を引き継いだものである。


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