1957年4月20日、徳島県名西郡神山町の鮎喰川で、石を釣っているイサム・ノグチさん。
58個(88t)の石を選んでパリに運んだそうです。
写真提供:越智信男氏 via muso.to

イサム・ノグチ日本庭園の道muso.to

 イサム・ノグチはパリのユネスコ本部の庭園を作るに際して重森三玲から阿波の青石を選定するように薦められ、重森と80石を選択した。そのとき重森は四国の旧阿波国分寺、保国寺の豪快な石組みを案内した。更に茶室の作り方を愛媛県西条市の越智家で教え、既に出来上がっていた高松市の増井家の茶室と露地を案内した。写真の多くは越智栄一氏が50年前に撮影したもの。そのネガを越智家から提供いただいた。

 ここでは鮎喰川での石の選択と仮組についての写真も掲載する(写真提供は鈴江基倫氏)。
1957年4月20日に鮎喰川で石を釣るに際しては当時の徳島庭園鑑賞会理事長の鈴江彌太郎氏が長男の基倫氏とともに鮎喰川に先導した。石は1日で80石も選ばれ、4月30日から採取され荷馬車にて徳島市の助任橋南詰に運ばれた。5月9日に再び重森とイサム・ノグチが現地を訪れて仮組が行われた。
 仮組はイサムが丹下健三教室で仕上げた設計図と突き合わせながら行われた。重森の指導は予め印をつけておいた位置まで埋め込んだり、石の表情や稜線の状態を見ながら、立てたり傾けたりであった。日本庭園は自然石を活かしながら、石組みすることにより、新たな生命を吹き込むことである。同じ石を組んでも石を活かさなければ単なる石塊になってしまうのである。重森は具体的な石組みを通して、その要点をアドバイスしたと思われる。

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参考:イサム・ノグチ日本庭園の道